翌日から私は意図的に坂部くんに積極的に話しかけるようにした。坂部くんの人間付き合いを避けさせまいという、ちょっとした反発のつもりだった。

 どうして私から何度も話しかけるのかというと、クラスのみんなも坂部くんが人と一線をおいていることに気づいてしまっているため、必要以上に坂部くんと関わろうとしないからだ。

 放っておいても現状が変わらないのは目に見えていたので、仕方なくという気持ちが強かった。

 さすがに学校で何度目かになると、話しかけたとたん坂部くんはうっとうしそうに私を見やる。


「で、まだ何か用なわけ?」

「えっと、ここの答えなんだけど」

「だから、X=3」

「そうじゃなくて!」

「途中式ならノートに書いてあるの見たらわかるだろ」


 どこからどう見ても黒髪イケメン男子高生の姿の坂部くんに話しかけるのは、正直ハードルが高い。

 それなのに、みんなの注目を浴びる中話しかけても冷たくあしらわれるのだから、だんだんストレスも溜まる。

 しかも私の努力により坂部くんの人間付き合いを避けることを邪魔するどころか、むしろ余計にみんなが坂部くんをより敬遠する要因を作っているようにしか見えないように感じる。

 勢いではじめたことだったけど、私はかなりの難題に首を突っ込んでしまったのかもしれない。


「あー、もう、坂部くんの頭の中って一体どうなってるのよ」


 結局、あーだこーだと言い合って、私は数学のノートを片手に席に戻る。

 明らかに精神的に疲労した状態で机に身を預ける私を見て、明美は異常なものでも見たかのように口を開いた。


「どうしたのよ。最近の綾乃、やけに坂部に話しかけてるけど、そんな仲じゃなかったよね」

「まぁ、そうなんだけど……。ほら、坂部くんって頭いいから、聞いたらすんなり教えてくれるかなって」

 明美には、バイトを始めたことはまだ言っていない。

 バイトを始めたことを知られたらきっと根掘り葉掘り聞かれるし、もしかしたら私のバイト先に来ると言ってくるかもしれない。