「自分があやかしであることを明かさない場合、最後、人間としての適正な死期を見極めてどう姿を眩ますかが問題なくらいですね」

「……人間として適正な死期」

「いくら築いた関係が素晴らしくて居心地がよくても、一二〇歳、一五〇歳と生きていたら明らかにおかしいですからね」

「確かにそうですね……」

「だからといって、本当は死んでもないのに死んだフリをして火葬されてしまっては困るので、その場合は妖術で自分が死んだという偽りの記憶だけ周囲の人間に植え付けて、姿をくらますことになります」

「……え」


　人間として不自然でない年数を過ごしたあとは自分を死んだことにして、関わってきた人間の前から消えてしまわなければならないなんて、とてもつらいことではないだろうか。

　そうでもしなければ、異様に元気に長生きしてることを奇妙がられてしまうのだから、仕方ないのかもしれない。

　けれど本当は死んでもないのに、死んだことにしてもう二度と関わりのあった人とは会えない。会いに行けない。それってものすごく残酷で、もしかしたら本当に死んでしまう以上に切ないことのように感じた。


「人間の世界の秩序を乱さないためにも、これは私たちが人間と一緒に暮らしていく上で、徹底すべきことなのです」

「……そんなの、あんまりじゃないですか？」


「おまえが何て言おうと、ミーコが今話したことが現実だ。それが嫌なら、俺らに深入りしすぎないことだな」

　いつの間にか厨房の入り口のところで、漆黒の腰まである長髪に、三角の耳、もふもふの大きな尻尾をもったあやかしが壁に背をもたれるようにして立っていた。


「ちょ……っ！」

　確かに衝撃を受けたけれど、いきなりその言い方はないだろう。

　しかし坂部くんは私の心境なんて全く気にする素振りもなく、口を開く。


「それ終わったらミーコも立石さんも上がってくれていいから。お疲れさま」


　それだけ言うと坂部くんは私たちに背を向けて、まだ終わってなかったレジのチェックを始めた。

　一体何なんだ。

　だけど、去り際に見えた坂部くんの顔は、どこか寂しそうに見えて気になった。