まさかそんなことを言われると思ってなかったから、驚いて振り向くと、真っ赤な顔をした坂部くんがこちらを見ている。


 いいのかな……。

 けれど、私が手を少し漆黒の尻尾の方へ伸ばしたところで、坂部くんはするりとその尻尾を引っ込めてしまう。


「そのかわり、おまえも俺のことはギンと呼べ」

「ええっ!?」

「俺はおまえのことを綾乃って呼んでるだろ? 坂部銀士は人間の姿の名前であって、本当の名前はギンだから。その方がしっくりくるんだよ」


 ううっ。何だかずっと坂部くんで呼び慣れていたから恥ずかしいよ……。

 それに、私のことを名前で呼ぶようになったのは、ミーコさんのが移っただけって言ってたじゃないか。


「呼んでくれないならいい」


 坂部くんは、まるで拗ねたようにフイとそっぽを向いてしまう。

 漆黒の三角の耳の先は下を向いて、尻尾もしゅんと垂れて、思わずそんな後ろ姿にきゅんとしてしまう私は、いつからこんなに坂部くんの一挙一動に反応するようになってしまったのか。


 でも、想うだけならいいよね。

 坂部くん……ギンはあやかしだけど、恋をするのに人間もあやかしも関係ない。


「……ギン」

「……よし。この一回限りじゃダメだからな。ほら」


 相変わらず真っ赤な顔でこちらを向き、坂部くんは再びこちらに尻尾を出してくる。

 何だかこの改まった感じ、無駄に緊張するんだけど……。