「すぐにそのことには気づいたんだけど、私も意地になっちゃって踏ん切りがつかずにいたとき、お母さんがここに連れてきてくれたの。そのとき、出してもらったのがアップルパイで。ここのアップルパイを食べたら不思議と素直になれたの」

「そうだったんだ。じゃあ、ここのアップルパイは由梨ちゃんにとって魔法のアップルパイなんだね」

 私が言うと、由梨ちゃんも嬉しそうににこりと笑う。


「ま、このアップルパイ自体には魔法も妖術もかけてないがな」

 そのとき、厨房の方から私服に着替えた坂部くんが出てきた。


「そんなのわかってるよ」

 由梨ちゃんは、そんな夢のないことを言う坂部くんに小さく舌を出す。


「ほら、そんなことやってないで食え。夜も遅い。食い終わったら、由梨と綾乃と一緒に送っていってやる」

「え!? 私も……!?」

「当然だ。変なのに絡まれたら困るだろ?」


 驚く私に向かって、坂部くんは呆れたように肩を落とす。

 言い方はともかく、心配してくれてるっていうことだよね。


「それと由梨。これ、追加で焼いたから。また、母親と新しい父親と食べられるように」

 坂部くんが見せてくれた箱の中には、出来立てのアップルパイが三つ入っている。


 もしかして由梨ちゃんがここに来た直後、由梨ちゃんのために残ってた材料でわざわざ……?

 厨房にはあとは焼けば完成の状態のアップルパイも少し残っていたから。


「わああ! ギンさん、ありがとう!」

「期限は箱の横側に書いてあるからそれまでに食えよ」

「うん!」

 由梨ちゃんの笑顔と坂部くんのさりげない優しさに、私まで胸があったかくなった。