「これを、由梨ちゃんに。本日のケーキは、アップルパイだったんです」

 お盆の上には、一人分にカットされたアップルパイと由梨ちゃんがいつも注文するオレンジジュースが載っている。

 営業時間が終わったあと、残っていたアップルパイを私もひとついただいた。


「え、でも、もう営業時間終わってるよね」

「特別です。これを召し上がって、頑張ってください」

「ありがとう、ミーコさん」

 由梨ちゃんは、最初こそ少し申し訳なさそうにしていたが、ミーコさんに連れられて厨房とも繋がる細い通路を通ってフロアに出ると、空いた席でアップルパイを食べ始める。


「美味しい。何だか懐かしい……」


 懐かしい……?

 由梨ちゃんは、以前からよく来ていた常連さんだと聞いている。

 私がここでバイトを始めてから今日までの間、アップルパイの日は初めてだったが、以前にも由梨ちゃんはここのアップルパイを食べたことがあったのだろう。

 由梨ちゃんは、私がそんな風に推測していることに気づいたのか、私と目が合うとにこりと微笑んで口を開く。


「まだ私が小さい頃なんだけど、お母さんが前のお父さんと別れた直後、私、お母さんと口を利かなかった時期があったの」

「……え?」

「別れたことは前のお父さんに原因があったみたいなんだけど、そんなの知らなかった私は、お母さんがお父さんを追い出したように見えて、お母さんのことが許せなかったの」


 由梨ちゃんは懐かしむようにアップルパイを口に含んで続ける。