「でしょ? それなのに、やりたいことをやらずに無理して我慢してたらきっと後悔するよ。部活なんて、今、この瞬間にしかできないんだよ? 部活をするくらいに好きなことがあるだけでも私にはうらやましいのに」

「……でも、私はもうあの場所には」

「明美は待ってるよ」

「……え?」

「浜崎さんと同じ一年生の子も。二学期始まってから、何度も私たちの教室まで一年生の子たちが明美に何か深刻そうに相談に来るところ、いつも見てたから」

「…………」

「前にも言ったけど、明美に浜崎さんを説得するように言われたことは一度もないよ。ただ、浜崎さんが明美に退部届けを渡して揉めてるところを偶然見てしまったんだ。しかもそのあと、浜崎さんは吹奏楽部の演奏を体育館で聴いてたでしょ? 本当に吹奏楽が嫌いになったなら、そんなことしないよなって私は思って、そのときから気になってた」


 浜崎さんが私の話を聞いて、何を思っているのかはわからない。何を言うでもなく、どこか神妙な面持ちで視線を落としている。


「じゃあそろそろ行こうかな。吹く時間、なくなっちゃうよね」

 私の指摘に、浜崎さんはハッとしたように顔を上げる。


「いえ……」

「……よかったらさ、また気持ちの整理がついたら、寄り道カフェに来てよ」

「……え?」

「浜崎さんがいっぱい悩んで頑張ったご褒美に、甘いものご馳走するからさ」

「……ありがとうございます」


 私は今度こそ薄暗い音楽室を出た。

 結局朝のSHRが始まるまでトロンボーンと思われる音は全く聞こえてこなかったけれど、あれから浜崎さんは吹かなかったのだろうか。

 結局根本的な原因である浜崎さんのトラウマに関してはどうしようもないが、少しでも何か役に立てているといいのだけれど、と思わずにいられなかった。