「……最後に、少し吹こうかなと思ってたんです。今ならまだみんな学校に来てないし……」


 うつむき加減の浜崎さんの視線は、手元のマウスピースに注がれているように見える。

 浜崎さんはそれを大事そうに片方の手で包んだ。


「……トロンボーン、本当に好きなんだね」

「……え?」

「違う?」


 憂いを帯びた瞳をしているのも、寂しげな雰囲気を醸し出しているのもきっと、浜崎さんがトロンボーンと別れ難いからだと感じた。

 だからこそ、マスコットを取りに来たはずなのに、トロンボーンを持ち出して吹きたいと思ったんだろう。


「……そうですね。とても、……好きでした」

 つらそうに目を伏せる浜崎さんは、今にも泣き出してしまいそうな弱々しい声で言った。


「なんだ。それなら辞める必要ないじゃん、吹奏楽部」

「いえ、私は、肝心なところで失敗してしまうから……」

「そりゃ失敗なんて誰だってするよ。私なんてバイトはじめたばかりの頃なんてしょっちゅうだったし」


 きっと浜崎さんのいう失敗は、夏の吹奏楽部での大会のことだろう。ソロを任されていたところで失敗してしまって、それから部活から足が遠退いてしまっていると聞いていたから。


「……大会で大事な役割を任せてもらったのにいざというところで失敗して、みんなに迷惑をかけて……」

 苦しげに言葉を紡ぐ浜崎さんを見ていたら、私まで苦しくなってくる。


「……そっか。一生懸命やっても上手くいかないってつらいし、苦しいよね」