取り乱す浜崎さんを何とか立たせると、開いていた音楽室の中に入る。

 音楽室の中は電気はついておらず、窓も閉めきっていたせいで少し埃っぽい臭いが籠っている。


「……吹奏楽部、続けることにしたの?」


 音楽室の椅子にうつむいて座る浜崎さんは、私の問いにゆっくり首を横に振った。

 浜崎さんの足元には、先ほど彼女が大事そうに持っていた楽器のケースが置かれている。どうやら中身はトロンボーンらしい。

 楽器ケースの持ち手には、パンダのマスコットが付いているが、そこには浜崎さんのフルネームのネームタグも一緒についていた。


「退部したから、学校に楽器を返さないといけなくて。このパンダのマスコットを外しに来たんです」

「そうなの? それならこんな朝早くにコソコソしなくても、マスコットだけ取ってくればいいのに」


 浜崎さんの話を聞いていると、楽器は学校のものみたいだが、パンダのマスコットは浜崎さんのものなのだから、マスコットを取りに来ただけなら誰も怒らないだろうし、明美に知られても全く問題ないだろう。

 思わず口からこぼれた私の呟きに、浜崎さんはきまりが悪そうにスカートの裾を両手で握りしめる。


 もしかして、何か浜崎さんには知られたら都合が悪い事情があるのだろうか。そう思ってしまうくらいに、ここにきて浜崎さんの私に対する態度も従順だ。

 そのとき、不意に浜崎さんは諦めたようにスカートのポケットからタオルハンカチと一緒に銀色の何かを取り出した。

 以前、明美に見せてもらったことがある。金管楽器のマウスピースだ。