「待って、浜崎さん……っ!」

 逃げるように店を出る浜崎さんの腕を、店を出たところで何とかつかむ。

 浜崎さんがそれほど走るのが速くないみたいで助かった。


「……どうして、私の名前」

 やっぱり浜崎さんは私の存在には気づいていなかったようで、少し戸惑ったように目を丸くしている。


「私も同じ高校だから。二年の立石綾乃です。吹奏楽部の浜崎さん、だよね?」

「……吹奏楽部は、辞めました。もしかして、部長に何か言われて私に声をかけたのですか?」

「え、いや、明美に何か言われたわけじゃなくて……」


 思わず明美の名前を出してしまったが、恐らくそれが失敗だったようだ。

 浜崎さんは明美の名前に反応を示すように目を細めると、吐き捨てるように言った。


「部長に伝えといてください。迷惑です、と」

 そして、次の瞬間には浜崎さんは私の身体を強く押してきた。


「……っ、ちょっと! 明美は関係ないんだって!」


 思わず私がよろけた隙に、浜崎さんはその場から走り去ってしまった。

 とっさに口から出た真実が浜崎さんの耳に届いたのかどうかわからない。


 どうしたらいいのだろう。

 とにかく今の浜崎さんは、誰かに自分の傷に触れられることを拒んでいるように見えた。

 追いかけてもいいけど、今追いかけたところで同じことを繰り返すことになるだけだと思った私は、とぼとぼと寄り道カフェに戻ることになったのだった。