水を蹴り、しぶきを飛ばして二人ははしゃいだ。真彩が「つかれた!」と砂浜に身を投げるまで、ずっと水に浸かっていた。冷えてふやけた体に熱い砂が妙に落ち着く。時間は波のように緩やかで、粘りつくような暑さはまったくなく、柔らかに心地いい。
「あー、楽しいー」
サトルは屈託ない笑顔を太陽に向けた。
「やっぱ海は一人で来るもんじゃないなぁー」
空を見上げる声がケラケラ笑う。口ぶりから、何度か一人で海に来ているようだった。
「海くらい、一人でも行けるんじゃないの?」
「いやいや。誰かと一緒に行くほうが楽しいに決まってんじゃん」
「ふうん……?」
確かに楽しかった。子供のように声を上げてはしゃいだ。もう動きたくないくらいに疲れた。
思い返せば羽目を外すことが今までになく、我を忘れて楽しんだことがない。
「とくに夏はさ、家族と行って、小学校上がってからは友達と行って、夏休みは家族ぐるみで遊びに行くだろ。中学上がってからは先輩に誘われてバーベキューしたり。あとは、デートとか? やっぱ一人で行くことはないよ」
サトルは得意げに例を挙げた。そのどれもが自分とは無縁で落ち込む。
「はぁぁぁ……なんか幸せそーで眩しい……」
「真彩もさっきは楽しかっただろ? そんなに特別なことじゃないよ」
簡単に言ってくれる。チカチカと光に目がくらみかけ、真彩は考えるのをやめた。
「まぁ、海来るの初めてって言うくらいだから、そういうのはこれからやってけばいいんじゃない?」
これから――
またも簡単に言ってくれるが、これからも状況は変わらないと思うし、今さらそんなことをする気力はない。暗い思考がもやもや渦巻く。
それをはねのけるように、サトルが聞いてきた。
「そういや、なんで海を選んだんだよ?」
「サトルくんが海に行きたそうだったから」
「え? 俺のため!?」
その反応が嬉しそうだったので、すぐに後悔した。なんだか背中が焦げる。耳も熱い。真彩は前髪をなでて顔を隠した。
「うるさい。今のナシ!」
「ナシは受け付けませーん!」
腹がよじれるほど笑い、サトルは砂浜に仰向けで寝転んだ。両腕と両脚を突き上げて透かしたら光で見えなくなる。
「……あ。なぁ、真彩」
「ん?」
「今ふと思ったんだけど、俺、溺死じゃないわ」
彼は暗さをおくびにも出さず言った。一瞬、なんの話だか分からなくなり、反応が遅れてしまう。
「……あぁー、その話ね」
場違いな話題に気分が白けた。そんな真彩に構わず、サトルは自分なりに考えたことを自信たっぷりに言った。
「溺死だったら、水に近寄りたくないもんだろ? だから海は関係なし!」
「それ、今までに考えたことなかったの?」
「なかった。成仏しろって言われて初めて気づいた」
能天気に笑うが、死んだ理由を探すにはまだ材料が足りない。むしろまったく前進しておらず、先行きが不安になる。これは長丁場を覚悟しなくてはいけない。
「本当に何も覚えてないわけ?」
「うん。気づいたらこうなってた」
「いつ頃かも分からないの?」
彼は同い年だ。高校一年生。同級生が亡くなったとなれば、いくら不登校がちな真彩でも知らないわけがない。彼は同い年であっても、生きていた時間が違うのだろう。
サトルは深く考え込んでいた。一向に言葉が出ないので、真彩が先に諦めた。
「じゃあ、成仏しろって言ってきたのは誰なの?」
「死神だよ。白いパーカー着た変なヤツ」
死神――そう言えば、初めて会ったときも「死神」の存在をほのめかしていたが、それは一体なんなのだろう。人なのか、それとも人ならざるものか。サトルは言葉のあやとして使っているらしいが。
「中途半端に生きたフリをするなってさ。まったく、しつれーなヤツだよなぁ。真彩も気をつけろよ」
「うーん……死神ねぇ……幽霊とは無縁そうなんだけど」
「え? そう?」
「だって、死神って生きてる人の魂を奪っちゃう存在でしょ」
言ってみるも、確証がないので声は自信をなくしていく。すると、サトルは感心げに納得した。
「確かにあいつ、生きてる人間だったし。真彩と同じで『視える人』じゃないかなぁ?」
こちらも確信はないようで、自信なく苦笑いする。
視える人なんてそうそういない。自分を棚に上げても現実味がない。真彩は曖昧に唸った。
だんだんと陽が暮れはじめ、風も激しくなってくる。会話もそぞろになり、二人はゆるやかに息を吐いた。
「――真彩、帰ろう。送ってくよ」
「ううん。一人で帰るようなもんだし、別にいいよ」
渇いた砂を落として、汚れた足のまま靴下を履く。
「そこは素直に甘えてくれよ」
「幽霊に甘えてもねぇ」
冗談めかして言うと、サトルは困ったように笑い「それもそーだ」と立ち上がった。砂の心配をしなくていいのに、彼はズボンをはたいて目の前の海を見渡す。
「んじゃあ、帰るか」
真彩も立ち上がり、カバンを拾い上げて砂を踏む。固い石段を上がると、足の感覚がおかしかった。海でふやけた足が驚いている。サンダルを履いた後に床板を触るような奇妙さだ。
誰もいない道路に出ると、サトルは行きと同じく堤防の上にのぼり、真彩を見下ろした。
「今日はいろいろありがとう。また明日な」
「うん。また明日」
透明な彼が夕陽色に染まっている。まるで、サトルの感情がそのまま現れているみたいできれいだ。
「気をつけて帰れよ」
少し名残惜しそうに言う彼の気持ちを全部は理解できない。なんとなく、手を振る。足はもう駅の方角を進んでいた。彼も来た道を戻っていく。
昨日まではわずらわしいと思っていたのに。波にさらわれたのか、わだかまった何かが今はなく、真彩は思わず喉の奥で笑った。
渇いた地面を叩くように歩き、機嫌よく前を向く。道路はもうすぐT字路にぶつかり、右に曲がる。信号は赤。右折車がゆっくりと前を進んでいく。
すると、信号の向かい側に白いパーカーのフードをかぶった少年が現れた。顔は見えない。小柄だが、真彩よりは身長がある。高校の制服のようなスラックス。制服の上からパーカーを着ているのも非常識だが、フードを目深にかぶっていることが奇妙で仕方ない。
真彩は何食わぬ顔で信号を待った。車は走っていないが、足は青にならなければ絶対に動かない。
赤から青へ変わる瞬間、信号機が音楽を鳴らす。曲が終わる前には渡りきれる。はずだったが、すれ違った瞬間にパーカー男が真彩の腕を握った。
「――一ノ瀬真彩ちゃん、だっけ」
かすれたハイトーンの声が耳に入り込む。白線の上で真彩は固まった。
「ちょっとだけ、時間もらえないかな? いやなに、君が親しくしてる幽霊について話があるんだ」
涼やかな口調には有無を言わさない空気がある。何より「幽霊」という言葉が引っかかり、真彩はおそるおそる顔を上げた。フードの中で陰った目が光っている。
不吉。そんな言葉が似合う、胡散臭い人だった。
「離して」
「先輩にタメ口とは、ますますふてぶてしいね」
――先輩?
真彩は彼の全身を見たが、「先輩」だと言えるものは見当たらない。分かりようがない。それに道路の真ん中で止められれば焦りを覚える。ほどなくして信号が点滅し、曲がぶつ切りに音を消した。車のない殺風景な道路なのに、血の巡りが早くて落ち着かない。
「いいから、離してよ」
「じゃあ、ちょっと付き合って」
「分かったから。だから、早く渡らせて」
早口に言って、目をつぶる。すると、いつの間にか道路を渡りきっていた。歩道の上で、男は真彩の腕を掴んだまま。
「手荒にしちゃってすまないね。でも、こうしてくれないと話を聞いてもらえなさそうだったし、君はなんだか人間に興味がないようだから」
真彩は不審を浮かべて男を睨んだ。失礼な人間には相応の態度でもいいはずだ。真彩は不機嫌いっぱいに声を低めた。
「あなた、誰?」
「誰でもないさ。これまではね」
「そういう自己紹介はフェアじゃない」
名前が知られている以上、はぐらかされるのは気分が悪い。
「じゃあ、カナト先輩って呼ぶといいよ」
パーカー男は肩をすくめて笑った。
「ともかく、まずは順序よく話を進めていこう。こうして僕が君に干渉するのも、いくつか理由があるわけでね。ひとまず、お茶でも飲みながらどうかな」
そう言って彼が指したのは、目の前にあるファミリーレストラン。あまり安心はできないが、人の目があるならまだマシか。
黙り込めば肯定にとられたのか、カナトと名乗る男は真彩の腕を引っ張った。
***
四人がけの席に通されてすぐ、メニューを見る前にアイスコーヒーとチョコレートパフェを注文され、真彩は口を開くのも億劫なくらい気分が悪かった。勝手に行動を制限されるのは苦手だ。それに目の前の男――カナトの振る舞いは非常識だと思う。
カナトはフードをかぶったままだった。陰った目を笑わせている。
「……あなた、もしかして死神?」
向こうが口を開く前に、真彩は先に結論を急いだ。カナトの口が不満そうに下がっる。
「別に、あなたが本当の死神だなんて言ってるわけじゃないけど」
「いや、僕は君のことならなんでも知ってるからね、分かってるんだよ」
サラサラと変質的な発言をするカナトに、真彩は呆れて何も言えなくなった。それをいいことに、カナトの口が調子づく。
「君は幽霊が視える。だからあの子とつるんでる。死んだ理由を探すかわりに、あの校門の影から守ってもらっている。違うかな?」
「あの子」とは、サトルのことだろう。言い当てられれば強気に出られず、真彩は気まずく水を飲んだ。この様子を、カナトは楽しげに見ている。
「そもそも、僕は君に会う前からあの子に警告していたんだよ。幽霊っていうのは消費期限があるからね、早いとこ成仏しないとダメなんだ」
「消費期限って何よ」
変な言い方をするので、思わずふき出しそうになる。真彩は口をおさえて、顔をしかめたままにした。
「そのまんまだよ。幽霊は現世にとどまる期間が決まっている。しかし、ほとんどの場合はその期限までに自我を保っていられなくなるんだ。姿形、思念なんかもね。負の感情が溜まりに溜まって、どんどん蓄積されて濃厚に濃密に、刻々と魔に近づいてしまう。すると、どうなると思う?」
一息に言い、彼は水を一口飲んだ。ごくりとゆっくり喉を鳴らして。それは、真彩に考える時間を与えているようだったが、脳内では十分に処理ができず、言葉の意味を考えるだけしか有効ではない。
その時、「お待たせしましたー」と、はつらつな女性店員がアイスコーヒーを二つ持ってきた。一つをカナトに。もう一つを真彩に。
「失礼いたしましたー」
こちらの憂さをまったく感知しない店員の明るい声がミスマッチだ。
真彩は逃げるようにアイスコーヒーに手を伸ばした。水滴がじっとりと手にまとわりつく。慌ててストローで吸い上げると、その苦さに驚いた。
「慌てなくていいのに。シュガースティックかシロップ、どっちがいい?」
真彩は差し出されたシロップをもぎ取った。フィルムを剥がして、乱暴にコーヒーの中へ流す。
カナトはミルクを流し、ストローで混ぜ合わせていた。もやもやとした濁色の茶色がなんとなく泥水に見えてくる。
「さて、なんの話だったっけ……あぁ、そうだ。幽霊の末路だ。真彩ちゃん、少しは見当がついたかな?」
甘さに舌が馴染んできた頃合いにカナトが聞く。真彩はごくんと飲み込み、眉間にシワを寄せた。考えても分からないものは分からない。黙って首をかしげると、カナトが思い切りふき出した。
「ぶっ! あっはははは! おいおい、頼むよ。君、仮にも霊感があるんだろう? ここまで言ってもまだ分からないのか?」
「そこまで霊感に頼って生きてないので」
「あぁ、そうか。毎日、死んだように生きてるからねぇ。自分にも幽霊にも関心がないんじゃ、元も子もないね。ふふっ、くくくっ」
笑いをこらえきれていない。こうも笑われちゃ怒る気も失せてしまう。そもそも感情を動かすのは苦手だ。今日一日、散々振り回されて疲れている。真彩は気だるげにストローをくわえた。
するとまた女性店員が颯爽と現れ、大きなグラスに入った甘味をテーブルの真中に置いた。
「お待たせしました。チョコレートパフェです」
「ありがとうございます。さぁ、どうぞ、真彩ちゃん。僕のおごりだ。強引に誘った以上、それくらいはするよ。なんなら夕飯も食べていけばいい」
大盤振る舞いなカナトだが、彼のどこにそんな資金があるのか分からない。だが、これで少しは視界が隔てられるだろう。不快な男の話も甘味で軽減してやる。
チョコレートパフェはてっぺんの生クリームに、濃厚そうなチョコレートシロップがかけられている。真彩は白くてふわふわなクリームをつついた。
「おいおい、真彩ちゃんよ」
「え、何?」
「……君はパフェの食べ方を知らないのか」
カナトが初めて不審な声を上げた。視線を上げる。
「食べ方?」
パフェを食べるのに順序があるのだろうか。思えば、こんなに大きなパフェを一人で食べるのも初めてだ。クリームだけを食べるのはマナー違反なのかもしれない。
「まずは、ここに突き刺さったウエハースでクリームをすくって食べるんだよ」
「そうなの?」
「あぁ、そのほうが美味い」
信用はないが、自分にも自信がないので、真彩は周囲を見渡しながらウエハースをつまんだ。意外にも重い。突き刺さったウエハースは下の層にあるチョコレートアイスにまで及んでいた。アイスと生クリームが混ざる。山のてっぺんにある生クリームとチョコレートシロップをすくった。
「そのままかじるんだよ」
「それくらい分かる」
余計な横槍が面倒だが、うるさく追い払うとカナトは大人しくコーヒーを飲んでいた。その隙にウエハースを一口かじる。敏感な冷たさと、そのあとにくるまったりと柔らかい甘みがサクサクのウエハースと混ざる。確かに美味しい。
「このサクサクと甘々が相乗効果をもたらすんだよねぇ。一口目はやっぱりそうじゃないと」
カナトは満足そうにうなずいた。おそらく、カナトの言うパフェの食べ方とは彼独自のものに違いない。
「次はバナナとチョコアイス、そして生クリームだね。これをうまいこと一緒に食べるのがいい」
「はいはい」
パフェの一口目だけでなく、二口目まで指摘が入るとは思わない。真彩は残ったウエハースで生クリームをすくって口の中に押し込んだ。
なんだか論点をずらされている気がする。
「……それで、幽霊の末路はなんなの」
話を戻さなければ、食べ終わるまでパフェの食べ方指南が続きそうだ。
カナトは思い出したように口を開けた。
「そうそう。幽霊の話だったね。あの子が怪物になるかもしれないってときに、のんきにパフェの食べ方なんて」
「え? ちょっと待って」
口が先走る。ウエハースが喉に引っかかりそうになったが、こらえて飲み込んだ。
「なんて言った?」
落ち着こうと、あえてゆっくりと舌を動かす。対して、カナトは嫌味たらしく鼻で笑った。
「幽霊の末路は怪物だよ。実際、肉体を失った魂ってのは器をなくした水のように危うい。つまり、成仏できない時点で、自分の死に納得していないんだから負の感情は溜まりやすいわけだ。悔やんで責めて、不満や不安が溜まっていく。後悔の怪物になってしまうんだよ」
彼はパフェの脇から顔を出し、グラスの下層を指した。
「ちょうど、このパフェみたいにね。一番下のチョコソースくらいの小さな負があったとしよう。その上から順々に上へ上へと積み重なる。で、消費しきれなくなってこぼれてしまうわけだ。塵も積もれば山となるって言うだろう。幽霊にはこの器がない。すると、どうなる?」
「それって……」
真彩は校門にある黒い影を思い出した。それを見透かして、カナトが頷く。
「うん。あれは確かに後悔の怪物だ。消費できずに、ただただ自分の死に納得していない後悔の塊。あれはまだ成長段階だから、じきに大きくなるよ」
そう言い、彼は顔を引っ込めた。コーヒーを吸い上げる。グラスの中はそろそろ空になりそうだ。
「食べないの? アイスが溶けるからさっさと食べたほうがいい」
「いらない」
真彩はスプーンをカナトに突きつけた。
「せっかくタダで食べられるのに? もったいない」
「そんな話聞かされて、食べられるわけないじゃない」
気が逸っていく。実感はないが、血の気が引いている。
幽霊の末路が後悔の怪物だなんて――
「へぇぇ? 随分とご執心みたいだねぇ。たった数日、話をしただけでそこまで肩入れできるんだ?」
「……あのさ、このパフェ、ひっくり返してもいいんだけど。それだけはしたくないの。分かるでしょ」
バカにした嘲笑が鬱陶しい。感情が先走りそうで怖くなる。頭の中はなんだか真っ赤で、感情がかき乱される。
こんなことなら、海に行かなければよかった。こんな感情を知ることも、自分がこんなにも怒りっぽいことにも気がつかなかっただろう。
「うーん……せっかくのパフェが台無しになるのは放っておけないな」
「そんなに大事なこと?」
「そりゃあ、僕のお金で買っているものだからね。それに、このパフェ一つはこの店の店員がきちんと丁寧に作ったものだ。それを無下にしてしまうのは人として良くない」
これだけ煽っておきながら、人としてなどと説くとは思いもしない。
真彩はゆっくりとスプーンを降ろした。消化できない怒りは向けたままにする。
「……このこと、サトルくんに言ってないの?」
「そりゃあね。聞かれても僕は答えないさ。だって、残酷だろう? 成仏出来なかったら君は怪物になるんだよって。そんな現実を突きつけるのは、かわいそうだ」
サラリと薄情に言われ、真彩は目を開いた。ソファにもたれ、投げやりにパフェを見やれば、かじっただけの生クリームがチョコレートと溶け合っていく様子がゆっくり動いていた。
「……それ、本当なのね?」
「あぁ、もちろん」
慎重に聞いても手軽く返される。一切の迷いがなく、曇りもなく明白に言い切ってくれる。
「君って本当に警戒心がないんだね。素直で傷つきやすい。僕的にはあまり好きじゃないけれど、かわいそうな子には味方したいし……さて、どうしようかな」
「かわいそう? わたしが?」
「君もだし、あの子もだよ。かわいそうで不運だね」
カナトもソファにもたれた。なんだか投げやりに言うが、軽快な口調は変わらない。
一体、彼はどこまでを知っているのだろう。何を知っているのだろう。
「……あなたって、何者なの?」
結局、流されるまま流され、ここまで辿り着いてようやく気がついたくらいには起承転結がバラバラだ。真彩はじっと目を細めて答えを待った。
彼は口角を上げ、自信に満ち溢れた表情をつくる。
「正義の味方。つまり、悪を憎むもの。悪霊を専門にした祓い屋だ」
能弁な口は恥を知らないらしい。
「あー、楽しいー」
サトルは屈託ない笑顔を太陽に向けた。
「やっぱ海は一人で来るもんじゃないなぁー」
空を見上げる声がケラケラ笑う。口ぶりから、何度か一人で海に来ているようだった。
「海くらい、一人でも行けるんじゃないの?」
「いやいや。誰かと一緒に行くほうが楽しいに決まってんじゃん」
「ふうん……?」
確かに楽しかった。子供のように声を上げてはしゃいだ。もう動きたくないくらいに疲れた。
思い返せば羽目を外すことが今までになく、我を忘れて楽しんだことがない。
「とくに夏はさ、家族と行って、小学校上がってからは友達と行って、夏休みは家族ぐるみで遊びに行くだろ。中学上がってからは先輩に誘われてバーベキューしたり。あとは、デートとか? やっぱ一人で行くことはないよ」
サトルは得意げに例を挙げた。そのどれもが自分とは無縁で落ち込む。
「はぁぁぁ……なんか幸せそーで眩しい……」
「真彩もさっきは楽しかっただろ? そんなに特別なことじゃないよ」
簡単に言ってくれる。チカチカと光に目がくらみかけ、真彩は考えるのをやめた。
「まぁ、海来るの初めてって言うくらいだから、そういうのはこれからやってけばいいんじゃない?」
これから――
またも簡単に言ってくれるが、これからも状況は変わらないと思うし、今さらそんなことをする気力はない。暗い思考がもやもや渦巻く。
それをはねのけるように、サトルが聞いてきた。
「そういや、なんで海を選んだんだよ?」
「サトルくんが海に行きたそうだったから」
「え? 俺のため!?」
その反応が嬉しそうだったので、すぐに後悔した。なんだか背中が焦げる。耳も熱い。真彩は前髪をなでて顔を隠した。
「うるさい。今のナシ!」
「ナシは受け付けませーん!」
腹がよじれるほど笑い、サトルは砂浜に仰向けで寝転んだ。両腕と両脚を突き上げて透かしたら光で見えなくなる。
「……あ。なぁ、真彩」
「ん?」
「今ふと思ったんだけど、俺、溺死じゃないわ」
彼は暗さをおくびにも出さず言った。一瞬、なんの話だか分からなくなり、反応が遅れてしまう。
「……あぁー、その話ね」
場違いな話題に気分が白けた。そんな真彩に構わず、サトルは自分なりに考えたことを自信たっぷりに言った。
「溺死だったら、水に近寄りたくないもんだろ? だから海は関係なし!」
「それ、今までに考えたことなかったの?」
「なかった。成仏しろって言われて初めて気づいた」
能天気に笑うが、死んだ理由を探すにはまだ材料が足りない。むしろまったく前進しておらず、先行きが不安になる。これは長丁場を覚悟しなくてはいけない。
「本当に何も覚えてないわけ?」
「うん。気づいたらこうなってた」
「いつ頃かも分からないの?」
彼は同い年だ。高校一年生。同級生が亡くなったとなれば、いくら不登校がちな真彩でも知らないわけがない。彼は同い年であっても、生きていた時間が違うのだろう。
サトルは深く考え込んでいた。一向に言葉が出ないので、真彩が先に諦めた。
「じゃあ、成仏しろって言ってきたのは誰なの?」
「死神だよ。白いパーカー着た変なヤツ」
死神――そう言えば、初めて会ったときも「死神」の存在をほのめかしていたが、それは一体なんなのだろう。人なのか、それとも人ならざるものか。サトルは言葉のあやとして使っているらしいが。
「中途半端に生きたフリをするなってさ。まったく、しつれーなヤツだよなぁ。真彩も気をつけろよ」
「うーん……死神ねぇ……幽霊とは無縁そうなんだけど」
「え? そう?」
「だって、死神って生きてる人の魂を奪っちゃう存在でしょ」
言ってみるも、確証がないので声は自信をなくしていく。すると、サトルは感心げに納得した。
「確かにあいつ、生きてる人間だったし。真彩と同じで『視える人』じゃないかなぁ?」
こちらも確信はないようで、自信なく苦笑いする。
視える人なんてそうそういない。自分を棚に上げても現実味がない。真彩は曖昧に唸った。
だんだんと陽が暮れはじめ、風も激しくなってくる。会話もそぞろになり、二人はゆるやかに息を吐いた。
「――真彩、帰ろう。送ってくよ」
「ううん。一人で帰るようなもんだし、別にいいよ」
渇いた砂を落として、汚れた足のまま靴下を履く。
「そこは素直に甘えてくれよ」
「幽霊に甘えてもねぇ」
冗談めかして言うと、サトルは困ったように笑い「それもそーだ」と立ち上がった。砂の心配をしなくていいのに、彼はズボンをはたいて目の前の海を見渡す。
「んじゃあ、帰るか」
真彩も立ち上がり、カバンを拾い上げて砂を踏む。固い石段を上がると、足の感覚がおかしかった。海でふやけた足が驚いている。サンダルを履いた後に床板を触るような奇妙さだ。
誰もいない道路に出ると、サトルは行きと同じく堤防の上にのぼり、真彩を見下ろした。
「今日はいろいろありがとう。また明日な」
「うん。また明日」
透明な彼が夕陽色に染まっている。まるで、サトルの感情がそのまま現れているみたいできれいだ。
「気をつけて帰れよ」
少し名残惜しそうに言う彼の気持ちを全部は理解できない。なんとなく、手を振る。足はもう駅の方角を進んでいた。彼も来た道を戻っていく。
昨日まではわずらわしいと思っていたのに。波にさらわれたのか、わだかまった何かが今はなく、真彩は思わず喉の奥で笑った。
渇いた地面を叩くように歩き、機嫌よく前を向く。道路はもうすぐT字路にぶつかり、右に曲がる。信号は赤。右折車がゆっくりと前を進んでいく。
すると、信号の向かい側に白いパーカーのフードをかぶった少年が現れた。顔は見えない。小柄だが、真彩よりは身長がある。高校の制服のようなスラックス。制服の上からパーカーを着ているのも非常識だが、フードを目深にかぶっていることが奇妙で仕方ない。
真彩は何食わぬ顔で信号を待った。車は走っていないが、足は青にならなければ絶対に動かない。
赤から青へ変わる瞬間、信号機が音楽を鳴らす。曲が終わる前には渡りきれる。はずだったが、すれ違った瞬間にパーカー男が真彩の腕を握った。
「――一ノ瀬真彩ちゃん、だっけ」
かすれたハイトーンの声が耳に入り込む。白線の上で真彩は固まった。
「ちょっとだけ、時間もらえないかな? いやなに、君が親しくしてる幽霊について話があるんだ」
涼やかな口調には有無を言わさない空気がある。何より「幽霊」という言葉が引っかかり、真彩はおそるおそる顔を上げた。フードの中で陰った目が光っている。
不吉。そんな言葉が似合う、胡散臭い人だった。
「離して」
「先輩にタメ口とは、ますますふてぶてしいね」
――先輩?
真彩は彼の全身を見たが、「先輩」だと言えるものは見当たらない。分かりようがない。それに道路の真ん中で止められれば焦りを覚える。ほどなくして信号が点滅し、曲がぶつ切りに音を消した。車のない殺風景な道路なのに、血の巡りが早くて落ち着かない。
「いいから、離してよ」
「じゃあ、ちょっと付き合って」
「分かったから。だから、早く渡らせて」
早口に言って、目をつぶる。すると、いつの間にか道路を渡りきっていた。歩道の上で、男は真彩の腕を掴んだまま。
「手荒にしちゃってすまないね。でも、こうしてくれないと話を聞いてもらえなさそうだったし、君はなんだか人間に興味がないようだから」
真彩は不審を浮かべて男を睨んだ。失礼な人間には相応の態度でもいいはずだ。真彩は不機嫌いっぱいに声を低めた。
「あなた、誰?」
「誰でもないさ。これまではね」
「そういう自己紹介はフェアじゃない」
名前が知られている以上、はぐらかされるのは気分が悪い。
「じゃあ、カナト先輩って呼ぶといいよ」
パーカー男は肩をすくめて笑った。
「ともかく、まずは順序よく話を進めていこう。こうして僕が君に干渉するのも、いくつか理由があるわけでね。ひとまず、お茶でも飲みながらどうかな」
そう言って彼が指したのは、目の前にあるファミリーレストラン。あまり安心はできないが、人の目があるならまだマシか。
黙り込めば肯定にとられたのか、カナトと名乗る男は真彩の腕を引っ張った。
***
四人がけの席に通されてすぐ、メニューを見る前にアイスコーヒーとチョコレートパフェを注文され、真彩は口を開くのも億劫なくらい気分が悪かった。勝手に行動を制限されるのは苦手だ。それに目の前の男――カナトの振る舞いは非常識だと思う。
カナトはフードをかぶったままだった。陰った目を笑わせている。
「……あなた、もしかして死神?」
向こうが口を開く前に、真彩は先に結論を急いだ。カナトの口が不満そうに下がっる。
「別に、あなたが本当の死神だなんて言ってるわけじゃないけど」
「いや、僕は君のことならなんでも知ってるからね、分かってるんだよ」
サラサラと変質的な発言をするカナトに、真彩は呆れて何も言えなくなった。それをいいことに、カナトの口が調子づく。
「君は幽霊が視える。だからあの子とつるんでる。死んだ理由を探すかわりに、あの校門の影から守ってもらっている。違うかな?」
「あの子」とは、サトルのことだろう。言い当てられれば強気に出られず、真彩は気まずく水を飲んだ。この様子を、カナトは楽しげに見ている。
「そもそも、僕は君に会う前からあの子に警告していたんだよ。幽霊っていうのは消費期限があるからね、早いとこ成仏しないとダメなんだ」
「消費期限って何よ」
変な言い方をするので、思わずふき出しそうになる。真彩は口をおさえて、顔をしかめたままにした。
「そのまんまだよ。幽霊は現世にとどまる期間が決まっている。しかし、ほとんどの場合はその期限までに自我を保っていられなくなるんだ。姿形、思念なんかもね。負の感情が溜まりに溜まって、どんどん蓄積されて濃厚に濃密に、刻々と魔に近づいてしまう。すると、どうなると思う?」
一息に言い、彼は水を一口飲んだ。ごくりとゆっくり喉を鳴らして。それは、真彩に考える時間を与えているようだったが、脳内では十分に処理ができず、言葉の意味を考えるだけしか有効ではない。
その時、「お待たせしましたー」と、はつらつな女性店員がアイスコーヒーを二つ持ってきた。一つをカナトに。もう一つを真彩に。
「失礼いたしましたー」
こちらの憂さをまったく感知しない店員の明るい声がミスマッチだ。
真彩は逃げるようにアイスコーヒーに手を伸ばした。水滴がじっとりと手にまとわりつく。慌ててストローで吸い上げると、その苦さに驚いた。
「慌てなくていいのに。シュガースティックかシロップ、どっちがいい?」
真彩は差し出されたシロップをもぎ取った。フィルムを剥がして、乱暴にコーヒーの中へ流す。
カナトはミルクを流し、ストローで混ぜ合わせていた。もやもやとした濁色の茶色がなんとなく泥水に見えてくる。
「さて、なんの話だったっけ……あぁ、そうだ。幽霊の末路だ。真彩ちゃん、少しは見当がついたかな?」
甘さに舌が馴染んできた頃合いにカナトが聞く。真彩はごくんと飲み込み、眉間にシワを寄せた。考えても分からないものは分からない。黙って首をかしげると、カナトが思い切りふき出した。
「ぶっ! あっはははは! おいおい、頼むよ。君、仮にも霊感があるんだろう? ここまで言ってもまだ分からないのか?」
「そこまで霊感に頼って生きてないので」
「あぁ、そうか。毎日、死んだように生きてるからねぇ。自分にも幽霊にも関心がないんじゃ、元も子もないね。ふふっ、くくくっ」
笑いをこらえきれていない。こうも笑われちゃ怒る気も失せてしまう。そもそも感情を動かすのは苦手だ。今日一日、散々振り回されて疲れている。真彩は気だるげにストローをくわえた。
するとまた女性店員が颯爽と現れ、大きなグラスに入った甘味をテーブルの真中に置いた。
「お待たせしました。チョコレートパフェです」
「ありがとうございます。さぁ、どうぞ、真彩ちゃん。僕のおごりだ。強引に誘った以上、それくらいはするよ。なんなら夕飯も食べていけばいい」
大盤振る舞いなカナトだが、彼のどこにそんな資金があるのか分からない。だが、これで少しは視界が隔てられるだろう。不快な男の話も甘味で軽減してやる。
チョコレートパフェはてっぺんの生クリームに、濃厚そうなチョコレートシロップがかけられている。真彩は白くてふわふわなクリームをつついた。
「おいおい、真彩ちゃんよ」
「え、何?」
「……君はパフェの食べ方を知らないのか」
カナトが初めて不審な声を上げた。視線を上げる。
「食べ方?」
パフェを食べるのに順序があるのだろうか。思えば、こんなに大きなパフェを一人で食べるのも初めてだ。クリームだけを食べるのはマナー違反なのかもしれない。
「まずは、ここに突き刺さったウエハースでクリームをすくって食べるんだよ」
「そうなの?」
「あぁ、そのほうが美味い」
信用はないが、自分にも自信がないので、真彩は周囲を見渡しながらウエハースをつまんだ。意外にも重い。突き刺さったウエハースは下の層にあるチョコレートアイスにまで及んでいた。アイスと生クリームが混ざる。山のてっぺんにある生クリームとチョコレートシロップをすくった。
「そのままかじるんだよ」
「それくらい分かる」
余計な横槍が面倒だが、うるさく追い払うとカナトは大人しくコーヒーを飲んでいた。その隙にウエハースを一口かじる。敏感な冷たさと、そのあとにくるまったりと柔らかい甘みがサクサクのウエハースと混ざる。確かに美味しい。
「このサクサクと甘々が相乗効果をもたらすんだよねぇ。一口目はやっぱりそうじゃないと」
カナトは満足そうにうなずいた。おそらく、カナトの言うパフェの食べ方とは彼独自のものに違いない。
「次はバナナとチョコアイス、そして生クリームだね。これをうまいこと一緒に食べるのがいい」
「はいはい」
パフェの一口目だけでなく、二口目まで指摘が入るとは思わない。真彩は残ったウエハースで生クリームをすくって口の中に押し込んだ。
なんだか論点をずらされている気がする。
「……それで、幽霊の末路はなんなの」
話を戻さなければ、食べ終わるまでパフェの食べ方指南が続きそうだ。
カナトは思い出したように口を開けた。
「そうそう。幽霊の話だったね。あの子が怪物になるかもしれないってときに、のんきにパフェの食べ方なんて」
「え? ちょっと待って」
口が先走る。ウエハースが喉に引っかかりそうになったが、こらえて飲み込んだ。
「なんて言った?」
落ち着こうと、あえてゆっくりと舌を動かす。対して、カナトは嫌味たらしく鼻で笑った。
「幽霊の末路は怪物だよ。実際、肉体を失った魂ってのは器をなくした水のように危うい。つまり、成仏できない時点で、自分の死に納得していないんだから負の感情は溜まりやすいわけだ。悔やんで責めて、不満や不安が溜まっていく。後悔の怪物になってしまうんだよ」
彼はパフェの脇から顔を出し、グラスの下層を指した。
「ちょうど、このパフェみたいにね。一番下のチョコソースくらいの小さな負があったとしよう。その上から順々に上へ上へと積み重なる。で、消費しきれなくなってこぼれてしまうわけだ。塵も積もれば山となるって言うだろう。幽霊にはこの器がない。すると、どうなる?」
「それって……」
真彩は校門にある黒い影を思い出した。それを見透かして、カナトが頷く。
「うん。あれは確かに後悔の怪物だ。消費できずに、ただただ自分の死に納得していない後悔の塊。あれはまだ成長段階だから、じきに大きくなるよ」
そう言い、彼は顔を引っ込めた。コーヒーを吸い上げる。グラスの中はそろそろ空になりそうだ。
「食べないの? アイスが溶けるからさっさと食べたほうがいい」
「いらない」
真彩はスプーンをカナトに突きつけた。
「せっかくタダで食べられるのに? もったいない」
「そんな話聞かされて、食べられるわけないじゃない」
気が逸っていく。実感はないが、血の気が引いている。
幽霊の末路が後悔の怪物だなんて――
「へぇぇ? 随分とご執心みたいだねぇ。たった数日、話をしただけでそこまで肩入れできるんだ?」
「……あのさ、このパフェ、ひっくり返してもいいんだけど。それだけはしたくないの。分かるでしょ」
バカにした嘲笑が鬱陶しい。感情が先走りそうで怖くなる。頭の中はなんだか真っ赤で、感情がかき乱される。
こんなことなら、海に行かなければよかった。こんな感情を知ることも、自分がこんなにも怒りっぽいことにも気がつかなかっただろう。
「うーん……せっかくのパフェが台無しになるのは放っておけないな」
「そんなに大事なこと?」
「そりゃあ、僕のお金で買っているものだからね。それに、このパフェ一つはこの店の店員がきちんと丁寧に作ったものだ。それを無下にしてしまうのは人として良くない」
これだけ煽っておきながら、人としてなどと説くとは思いもしない。
真彩はゆっくりとスプーンを降ろした。消化できない怒りは向けたままにする。
「……このこと、サトルくんに言ってないの?」
「そりゃあね。聞かれても僕は答えないさ。だって、残酷だろう? 成仏出来なかったら君は怪物になるんだよって。そんな現実を突きつけるのは、かわいそうだ」
サラリと薄情に言われ、真彩は目を開いた。ソファにもたれ、投げやりにパフェを見やれば、かじっただけの生クリームがチョコレートと溶け合っていく様子がゆっくり動いていた。
「……それ、本当なのね?」
「あぁ、もちろん」
慎重に聞いても手軽く返される。一切の迷いがなく、曇りもなく明白に言い切ってくれる。
「君って本当に警戒心がないんだね。素直で傷つきやすい。僕的にはあまり好きじゃないけれど、かわいそうな子には味方したいし……さて、どうしようかな」
「かわいそう? わたしが?」
「君もだし、あの子もだよ。かわいそうで不運だね」
カナトもソファにもたれた。なんだか投げやりに言うが、軽快な口調は変わらない。
一体、彼はどこまでを知っているのだろう。何を知っているのだろう。
「……あなたって、何者なの?」
結局、流されるまま流され、ここまで辿り着いてようやく気がついたくらいには起承転結がバラバラだ。真彩はじっと目を細めて答えを待った。
彼は口角を上げ、自信に満ち溢れた表情をつくる。
「正義の味方。つまり、悪を憎むもの。悪霊を専門にした祓い屋だ」
能弁な口は恥を知らないらしい。