【 第一章 】

 クリスマス……。
 一年で一番、憂鬱な季節だ。

 プレゼントが飛び交う喧騒《けんそう》。
 恋人達が行き交う街中……何処に居ても、オレの憂鬱さを増加させる、そんな要素で一杯だ……。

 大体、ヨーロッパのどっかで始まったはずの、この「聖なる日」とかいうヤツ……そんなモノが世界中に浸透しているというコトにやり切れない想いで一杯に成る、日本人なら日本人らしく、ソレ相応の日を、めでたく祝えばイイだけであって、全く観たコトも会ったコトも無い人の生誕《せいたん》の日……そんなのを突き付けられて、ソレをオレにどうしろ、と?

 会ったコトも無い人の誕生日を祝ってくれると、いうのなら、オレと面識が無い人が突然やって来て、オレのコトを祝福してくれる、と、でも、いう日があれば、ソレと「交換する気持ち」で、赤の他人の誕生日を「お祝い」しようと、いうような心境に成れなくもの無いのかもしれない……。

 今年、16に成るオレ……、両親とは仲が悪く「誕生日」に何かをしてくれる、と、いうようなコトは小学校3年生位の頃から、我が家では行われなく成っている、オレはソレ以来、誰からも「誕生日」を祝って貰っては居ないと、いうワケだ……。

 そんなくさくさした想いで街を歩く……。

 こんな日に外なんか出たくは無いのだが、バイトの日程がオレの気持ちになど一切の気遣い無く押し付けられている、喜ばしくも、この日に休みを取りたがるリア充満喫中のオレ以外のバイトども……、必然的に何の予定も無いこのオレには……その穴を埋める為にと、店長に「よろしく、頼む」などと嬉しくもない言葉を掛けられているというワケだ。

「えぇい、全くいまいましい……」

「リア充、爆発しろ」とは、良く言ったモノだ……、本当に爆発して目の前から木っ端微塵に消えてくれと何度想ったかしれない、だがしかし、コレと言って特筆すべきような「趣味」があるワケでも無く、人脈や友人が居るというワケでも無いこのオレは、今日このいまいましいコトこの上無い「クリスマス」とやらには、一切他に何の予定も無い為、渋々ながらもこうして、リア充が行き交う街中を通り抜けバイト先へと足を運ばせている……。

 何と無しに空を見上げてみる、灰色の雲が掛かり肌寒い今日……、天気予報では雪が降るとさえ言っていた、いわゆる「ホワイト・クリスマス」とやらが訪れようとしているようである……、全く……、世の中っていうのは本当にオレとは一切関係の無いトコロで関係無い人達にとって、こうも都合よく周《まわ》っているのかと、改めて思い知らされる。

 今日の夜、降り始めるとかいう「雪」を見ながら、さぞかし「ファンタジックな気持ち」に成って、恋人達とやらは幻想的なステキな時間を過ごすんだろう……、んで、その間《あいだ》、オレは何をしているか、と、いうと、アルバイトという、時間と交換にお金を貰う何とも味気の無い、普段しているコトと何ら変わりない時間を過ごすコトに成るというワケだ……、本当に、この世に「神様」なんていうモノがあるのだとしたら、人々がこうして浮かれ遊びステキな時間を謳歌《おうか》しているというときに、「労働」というモノに精を出す若者に何かしら「ご褒美」のようなモノでも、あっても良さそうなモンじゃないんですか? え? 神様とやら…っ。

 そんな、恨めしい気持ちで信号を渡り、何度もニコやかに仲睦まじく寄り添いオレの横を通り過ぎていくカップル達を横目にやり過ごしながらバイト先のレンタルショップに向かう。

「彼女さえ居てくれればな……?」

 何となく、そんなコトを想いながら……、何度も言うが、こんな日に「労働」にいそしむ勤勉な若者に対しサンタクロースとやらは、何かしら、その本人が欲しているモノを与えようというような気持ちには成らないのだろうか……、だが、残念なコトに、オレの身近に、いやこの国にこの街に、いやこの世界に……、そんな気持ちを抱いてくれる「サンタクロース」とやらのプレゼントの贈り主と成ってくれる存在は居ないようである……。

 オレはそんな、この時期、毎年のように頭に過《よ》ぎるこの「諦めに似た気持ち」で、いつものようにバイト先に赴《おもむ》いた。

「ソレにしても、彼女が欲しい……」

 そんなようにして、バイトに明け暮れるクリスマスを送るオレ、くそ、いまいましい、どいつもコイツもカップルで浮かれてやってくる客ばっかりだ……、オレは慣れて来た「接客スマイル」で、ニコニコと浮かれキャイキャイとイチャ付きながら並ぶ客をあしらいつつ、そんなコトを想っていた。

 全く……、神様なんてぇのが人間が勝手に頭の中にこしらえた「想像の産物」でしか無いっていうのが痛い程、ワカル気がするぜ……、どうやら、その世の中の人達が呼んでいる神様というヤツはオレのコトを相当嫌っているようだ……。

 接客し、手が空いたらディスクを元の場所に返却しに行く、そうオレは「仕事」をしている、何が「聖なる夜」だ、いつもの日常と全く変わりがないぜ……、そんな八つ当たりにも似た気持ちでディスクを元の場所に戻し、その日のバイトは終了した。

 22時……、外は勿論、真っ暗だ……、天気予報の言う通り雪まで降っていやがる……。
「ふぅ……、今頃幸せな連中どもは、この雪に見とれてさぞやイイ気分で居るんだろうぜ」……、相変わらずくさくさとした気持ちで夜の道を歩き家路を急いでいた……。

「いらっしゃいませ、クリスマスのケーキ、半額ですよ~~、イヴの夜はあと少し~~」

 ハァ? なんだアレ? この寒空の中、雪まで降って居るってぇのに外でケーキの販売とは……、よくやるぜ……、そのオレの視線の先には厚手のサンタクロースの格好をした女の子が、売れ残ったケーキを一生懸命販売していた……、よく見るとスゲェ可愛い娘だ……。

 あんな娘に、この雪が降っている12月の外で仕事をさせるか? 何を考えているんだ? この店の店長は……、気の毒に……、そんなコトを想いながら、その一生懸命売れ残ったケーキを販売している売り子さんの前を通り過ぎた。

「良かったらどうぞ―、半額ですよ~♪」

 想ったより元気だ……、寒いのが得意なタイプの人なのか? ソレとも若さ溢《あふ》れるエネルギーってぇのに満ちた超元気なハイスペック少女なのか? 良くはワカラナイがオレはその元気の良さに圧倒され、少し足を停めていた……。

「どうぞ、売れ残りです! イヴの夜はもうあと少し……、お兄さんにピッタリのクリスマス・ケーキ、男の人だから、このチョコのヤツなんか特にお勧めですよ~~」

 この寒空に全くひるむコトなく、オレに向かって元気にそんなコトを言っている……。

「あァ……、あの……」
「はい♪」
「お仕事、ご苦労様です……、寒く……無いんですか……?」

 余りにも気の毒に想ってしまったのと、声を掛けてくれたコトから来る少し沸いた親近感からそんなようなコトを彼女に向かって言っているオレが居た……。

「寒いと言えば、寒いですけど、せっかく作ったケーキ、余っちゃうと勿体無くて……、どうせならこのイヴの夜に、食べて欲しいじゃないですか?♪」

 たった、ソレだけの想いで……、金銭的になどの理由では無い、純粋な理由……、雪が降る寒空の中……、オレには彼女の言葉がそんな風に心に響いていた……。

「良かったらお一つどうですか? このチョコレートのは、あと一個なんですよ~~」

 そのとき想ったのは……、別にケーキなんて欲しく無いけど……、この人が売ってくれるっていう、少しオレのコトも気に掛けてチョコレートケーキを勧めてくれる機転と……、あと一個ソレを買ってアゲれば、そのチョコレートのヤツは全部完売と成って、この娘にとっても役に立ってアゲられる……、そんな気持ちからオレはそのケーキを買うべきだと直感した……。

「あ、じゃあ、えっと……、薦《すす》めてくれたチョコのヤツ……、最後の一個のヤツ……、ください……」

 別にケーキなんか好きでも無いし、欲しいとも想っては居ないのだが……、この娘からは買ってもイイ、何かそんなような気がしていた……、コレがいわゆるクリスマスっていうヤツなのかな……? お祭りムードが漂う街中の喧騒、そんなのも手伝って、オレはその「ケーキ」を、自分への「プレゼント」と位置づけて買う決心をした……。

「ありがとうございますっ!♪」

 そのときのこの娘の嬉しそうな顔……、降って来る雪がチラチラと舞う中、お店の明かりと街灯の明かりにおぼろげに照らされているそのときのその娘はまるで……、童話かおとぎ話なんかに出て来そうな「天使の笑顔」のようにオレの眼には映っていた……。

「なっ、なんて可憐な人……、いや本当に人だよな……?」まるで「妖精」でも見るかのような気持ちで、そのときのその娘の笑顔に見とれているオレが居た……。

「はい、700円に成ります」

 700円か……、ずいぶんと安いな、って、そっか、半額だからか、急に現実味のある金額を言われてしまった気がしたが……、コレを買うコトで「この娘」に少しでも助けに成るコトが出来る……、そんな気持ちで、その本当は別に欲しいとも想って居なかった「チョコレートケーキ」を受け取っていた……。

 1000円を払い、300円のお釣りを貰う、渡しソコねないように、オレの手の下に左手を添えて、300円をソッとオレの手の上に差し出してくれた彼女が居た……、この娘……、本当に商売だけで仕事をしているオレなんかとは全然違う「人種」の人だ……、その瞬間そんなように感じたオレが居た……。

 ただ、そのときに添えられた彼女の左手はひどく冷たく成っていた……、こんなに成るまで冷え切っているのに、こんな時間まで頑張って……、しかもこの雪が降る12月の寒空の中……、そして優しく手渡されたお釣りの300円……、オレはソレを受け取ったとき、クリスマスに対して想っている苦々しい想いやコレまで、16年何もイイことが無かったと感じてきた人生が一瞬で頭の中を過《よ》ぎっていき……、その冷たくなった手の健気《けなげ》さに……、思わず少し眼に涙が滲んできているのを感じていた……。

「ありがとうございました♪ おにいさんのおかげでチョコレートケーキ完売です♪」

 そう言って、また「天使」のような笑顔を向けてくれるその売り子さん……、さっき神様はオレのコトを嫌いなんじゃないか? みたいなコトを言ったワケだが……、ソレに対して少し申し訳無いような反省の念みたいな気持ちが沸いているオレが居た……。

 クリスマス……、誰からの誘いも無く、彼女も居ない……、家に帰っても別段祝ってくれるようにはもう既に成らなくなっている家族達……、そんなオレにとっては、この売り子さんの、降っている雪の中に溶けて消えてしまいそうな「はかなげで可憐な笑顔」だけでも、充分いいクリスマスと、想える様な何かがあった……。

「今夜のウチに食べてくださいね♪ なんて言ったってクリスマス・ケーキですから♪」

 帰り際、そんな一言を掛けてくれた……。

 「天使」……、世の中にそういうモノがあるとしたら、間違いなくそのときのオレにとっては、そのケーキを優しく手渡してくれた彼女はまさに……「天使」そのモノだった……。

 ワンホール買ってしまった……、どうするか? 一人じゃとても食べ切れん……、仕方なく半分に切って家族に渡した、母ちゃんは驚いた様子だったが……。

「なんか、勢いで買っちゃったけど食い切れないから食ってくれ」と言って渡した、チョット喜んでくれている様子で、まァ良かったと、いう感じだ、無理も無い……、中学に入ってからロクに口も聴かずに過ごして居たからな、そんな息子が急に「ケーキ」なんぞを差し出したりしたら、そりゃ「柄にも無い」と、捉《とら》えられるのも無理は無い……、まァ、何ていうか「今夜中に食べてくださいね♪」そう、あの「天使」のような娘が言っていたコトだから、その通りにしよう、そんな風に想ってのオレの行動だったワケだ。

 んで、ケーキ……、正直、甘いモノはそんなに好きじゃないオレ……、ケーキ何て食べるのは何年ぶりだろうか……? ソレこそ、小学校の頃にクリスマスに親が用意してくれたヤツ以来じゃないのか……? とか、想いながらも何とか完食した……、コレであの娘との「約束」は果たせたワケだ……、そんな妙な達成感を感じながら、オレは歯を磨いて、あの「天使のような売り子」さんとのやりとり以外、例年のごとく結局、何も無かったクリスマスの夜の床に就いた……。

 サンタクロースよ、もしも居るのなら、クリスマスに汗水垂らして働いたオレとあの娘に、少しばかり何かプレゼントしてくれたって良さそうなモノだぞ? コレで朝起きて何も無かったら、オレは本気で「世の中の現実の厳しさ」と、いうモノを心底味わうコトに成るだろうな?とか、そんなコトを想いつつ眠りに就いた……。