「近藤、あれから体調は大丈夫か?」

廊下でスレ違い様に声をかけてきて、細くて長い指で頭を撫でたのは保健室の先生、湯沢先生だった。

「広沢も浮かない顔してるな……」

茜ちゃんには頭を優しく撫でたのに対して、私には、おでこにピンッと指を弾けさせる。

痛たたた……。

声には出さずに、おでこを押さえると先生は、こう言った。

「……噂が広がってるようだが、事実じゃないなら堂々としてろ。妊娠してるなんて事実ではないんだから。御両親から伏せてくれと言われてるから皆には伝えては居ないが、病気なんだから。

教室に居たくないのなら、休み時間毎に保健室に来ても良いからな」

「……先生」

保健室の先生の言葉で、茜ちゃんの瞳からは、大粒の大量の涙が溢れて…廊下にポタポタと零れ落ちる。

「……うわーん」

茜ちゃんは生徒が周りに居ようとおかまいなしに、声を上げて泣いた。

先生の言葉が何よりも心に響いたみたいで、まるで子供が泣きじゃくってるみたいに……。

そんな時でも慌てずに、茜ちゃんをギュッと抱きしめてあげる先生は、

今まで出会った、どの先生よりも信頼出来て、尊敬出来る気がした。

「……何時だって良いから、私にだけは本当の事を話してくれないか?何か、力になれるかもしれないから……」

茜ちゃんを抱きしめながら、頭を撫でて…今までに見た事が無い、優しく女らしい表情で先生は問う。

あぁ、私もこんな大人になりたいな…そう思わずにはいられなかった。

―――しかし、先生に相談する間も無く、この日の放課後に……

茜ちゃんの御両親が見えて、春休みにかけて手術をするので休学すると言ったらしい。

放課後、茜ちゃんと帰ろうとしている時に、茜ちゃんは呼び出されて……

次の日からは会えなくなった。

何故だか不明だが、夜には既にメールも電話も繋がらなくなって、私はただ、布団にくるまって泣くしかなかった。

子供過ぎて……何もしてあげられなくて、ごめんなさい。

知識もあんまり無かったから、理解も出来ない子供だったから……茜ちゃんを守れなかった。

行動力も無くて、自分も可愛くて……誹謗中傷を辞めろ、とも言えなかった。


本当に、本当に、ごめんなさい。


何年経っても思い出す、茜ちゃん。


大好きだったよ―――……