心が病むとは
皆さんはこころという言葉について聞いたことがあると思います。心という漢字を、一度や二度は、使ったことがあるとおもいます。ただ、胃や肝臓のように、具体的に見える臓器ではありません。しかし、重大な役目をする臓器ではあります。
こころの働きとは、喜んだり悲しんだり、感じたりすることを司ることだと思います。それにより、体の各部分にどう動くか指示を出すのも、心の働きです。たとえば、緊張して心臓がドキドキするといいますが、心が緊張を感じて、心臓にドキドキさせるようにしているわけです。
では、心が病んでしまうというのは、どういうことなのでしょうか。つまるところ、喜びや悲しみを変な風に感じてしまうということなんだと思います。これにより、黒いからすが、白いからすに、白鳥がブラックスワンに見えてしまうようになるのです。
そうなれば、当然コミュニケーションも不自由になります。皆さんが白鳥と思われているものが、ブラックスワンになってしまうんですから。
これにより、社会から隔絶された人生をいきることを強いられるのです。
その人生は、大変に辛いもので、苦しいものであると言うことも特徴だとおもいます。ブラックスワンは、本人にも周りの人にも、幸せをもたらせては、くれなくなるのです。
もう、ブラックスワンに見えてしまうと、そこから先、立ち直るのは大変に難しいです。単に、薬を飲むだけでどうのこうのとは、いかなくなるのです。
ブラックスワンに見えてしまう原因は色々あるとおもいますが、やっぱり多いのは、適切な居場所がなかったことによるものでしょう。学校でいじめにあったとか、職場で嫌な上司がいたとか、理由を話すときりがありませんが、居場所がないというのは、共通しているようです。
じゃあ、どうしたらよいのか、ということについては、薬もらったり、カウンセリングを受けたりなど、いろいろ提示されていますけど、的確なものはないようです。これらを組み合わせて、時間をかけてじっくり治していくしかないのです。泣こうがわめこうがこの原理は同じです。とにかく、気が遠くなるほど時間がかかる。
それは、なぜかというと、感じることといいますのは、なかなか成文化することが、難しいからです。感情表現が苦手と表現するひとは多いですよね。とくに日本人はなかなか感情表現をしませんから、それはとくに起こりやすいようです。
ちなみに、私の例を少し挙げてみますと、私が、おかしくなりはじめたのは、大学時代に自己免疫性疾患にかかったことからでした。ピアノを弾く人にとって、右手指が変形することは致命傷ですし、左足もうまく動かないで、ペダリングに支障がでるようになってしまった。これでは、満足のいくピアノの研究もできなくなってしまいました。こんな毎日を過ごしている間に、私は、どんどん落ち込んで、日常が辛くなりました。そして、そういう気持ちで暮らしていくなかで、怒りがだんだんにわいてきて、自身でコントロールできないほどの怒りに変わってしまいました。
まあ、医学的にいえば、妄想とか幻聴とか、いろいろあるんでしょうが、素人のわたしが、そんな表現ができるわけがないですから、とにかく怒りをかこつけるしかなかったのです。誰かが悪口をいっているとか、誰かが私の考えを抜きとっているとか、そういう表現を使うしかなかったのです。わたしはこの時点でたぶん、私の怒りを受け止めてくれる人がほしかったんだと思います。この、怒りで一杯だった時代が、10年続きました。どうしても、怒りを成文化できなかった。何に対して怒っていたのかもわからなかった。ただ、どうしても誰かに聞いてもらいたかった。それだけだと思います。
幸い、私の場合は、音楽学校でピアノではなくお琴を習っていたため、お琴教室に入門させてもらいました。暗黒の10年間の間、なぜかお琴の稽古だけは続いており、師範までなりました。たぶん、自分を今までと違う環境に無理矢理おくことができたのがよかったのではないかと思います。勿論、伝統芸能ですので、それなりのしきたりは厳しいですけど。
だから、心を病むということに対しては、環境を変えることが、ある意味よい薬かも知れませんね。
現在も、不安や悲しみを自身でコントロールできないという障害が残っており、これをどうするか考えながら日々を過ごしています。
勿論、変形した指は戻らないし、足も悪いままです。
最近では、あるピアノのサークルにも参加できるようになり、足がわるくても、ピアノができるし、楽しんでいる人がたくさんいる、ということを知ることができて、不定期ではありますが、参加させてもらっています。
やっと、ここまできたのには、15年の歳月がかかりました。
タイムロスといえばタイムロスかも知れませんが、その間には、いろんな出来事があったかもしれません。
でも、できることなら、タイムロスはしたくないですし、他の人に与える損害も、少しにして起きたいですよね。
とにかく、私がいえることは、心が病んでしまったら、まず環境をすべて変えてください。余分なものはすべて絶ちきってかまわないから、とにかく目に見えるものをかえてください。ブラックスワンに見えてしまうのなら、白鳥がたくさんいる場所に無理矢理自分を動かすのです。それがなにより大切なのです。もちろんくすりなんかも大切なのですが、これが一番重要です。それまでのことはすべてすてて、全く違う世界に飛び込んでしまうのが一番です。
でも、一旦発病したら膨大な時間がかかってしまうことも事実です。したがって予防が大切です。白鳥を白鳥と思い続けるためには、白鳥とはっきり表現してくれる人物のそばにいること。そして、その人に感謝の意を忘れないことです。
皆さんはこころという言葉について聞いたことがあると思います。心という漢字を、一度や二度は、使ったことがあるとおもいます。ただ、胃や肝臓のように、具体的に見える臓器ではありません。しかし、重大な役目をする臓器ではあります。
こころの働きとは、喜んだり悲しんだり、感じたりすることを司ることだと思います。それにより、体の各部分にどう動くか指示を出すのも、心の働きです。たとえば、緊張して心臓がドキドキするといいますが、心が緊張を感じて、心臓にドキドキさせるようにしているわけです。
では、心が病んでしまうというのは、どういうことなのでしょうか。つまるところ、喜びや悲しみを変な風に感じてしまうということなんだと思います。これにより、黒いからすが、白いからすに、白鳥がブラックスワンに見えてしまうようになるのです。
そうなれば、当然コミュニケーションも不自由になります。皆さんが白鳥と思われているものが、ブラックスワンになってしまうんですから。
これにより、社会から隔絶された人生をいきることを強いられるのです。
その人生は、大変に辛いもので、苦しいものであると言うことも特徴だとおもいます。ブラックスワンは、本人にも周りの人にも、幸せをもたらせては、くれなくなるのです。
もう、ブラックスワンに見えてしまうと、そこから先、立ち直るのは大変に難しいです。単に、薬を飲むだけでどうのこうのとは、いかなくなるのです。
ブラックスワンに見えてしまう原因は色々あるとおもいますが、やっぱり多いのは、適切な居場所がなかったことによるものでしょう。学校でいじめにあったとか、職場で嫌な上司がいたとか、理由を話すときりがありませんが、居場所がないというのは、共通しているようです。
じゃあ、どうしたらよいのか、ということについては、薬もらったり、カウンセリングを受けたりなど、いろいろ提示されていますけど、的確なものはないようです。これらを組み合わせて、時間をかけてじっくり治していくしかないのです。泣こうがわめこうがこの原理は同じです。とにかく、気が遠くなるほど時間がかかる。
それは、なぜかというと、感じることといいますのは、なかなか成文化することが、難しいからです。感情表現が苦手と表現するひとは多いですよね。とくに日本人はなかなか感情表現をしませんから、それはとくに起こりやすいようです。
ちなみに、私の例を少し挙げてみますと、私が、おかしくなりはじめたのは、大学時代に自己免疫性疾患にかかったことからでした。ピアノを弾く人にとって、右手指が変形することは致命傷ですし、左足もうまく動かないで、ペダリングに支障がでるようになってしまった。これでは、満足のいくピアノの研究もできなくなってしまいました。こんな毎日を過ごしている間に、私は、どんどん落ち込んで、日常が辛くなりました。そして、そういう気持ちで暮らしていくなかで、怒りがだんだんにわいてきて、自身でコントロールできないほどの怒りに変わってしまいました。
まあ、医学的にいえば、妄想とか幻聴とか、いろいろあるんでしょうが、素人のわたしが、そんな表現ができるわけがないですから、とにかく怒りをかこつけるしかなかったのです。誰かが悪口をいっているとか、誰かが私の考えを抜きとっているとか、そういう表現を使うしかなかったのです。わたしはこの時点でたぶん、私の怒りを受け止めてくれる人がほしかったんだと思います。この、怒りで一杯だった時代が、10年続きました。どうしても、怒りを成文化できなかった。何に対して怒っていたのかもわからなかった。ただ、どうしても誰かに聞いてもらいたかった。それだけだと思います。
幸い、私の場合は、音楽学校でピアノではなくお琴を習っていたため、お琴教室に入門させてもらいました。暗黒の10年間の間、なぜかお琴の稽古だけは続いており、師範までなりました。たぶん、自分を今までと違う環境に無理矢理おくことができたのがよかったのではないかと思います。勿論、伝統芸能ですので、それなりのしきたりは厳しいですけど。
だから、心を病むということに対しては、環境を変えることが、ある意味よい薬かも知れませんね。
現在も、不安や悲しみを自身でコントロールできないという障害が残っており、これをどうするか考えながら日々を過ごしています。
勿論、変形した指は戻らないし、足も悪いままです。
最近では、あるピアノのサークルにも参加できるようになり、足がわるくても、ピアノができるし、楽しんでいる人がたくさんいる、ということを知ることができて、不定期ではありますが、参加させてもらっています。
やっと、ここまできたのには、15年の歳月がかかりました。
タイムロスといえばタイムロスかも知れませんが、その間には、いろんな出来事があったかもしれません。
でも、できることなら、タイムロスはしたくないですし、他の人に与える損害も、少しにして起きたいですよね。
とにかく、私がいえることは、心が病んでしまったら、まず環境をすべて変えてください。余分なものはすべて絶ちきってかまわないから、とにかく目に見えるものをかえてください。ブラックスワンに見えてしまうのなら、白鳥がたくさんいる場所に無理矢理自分を動かすのです。それがなにより大切なのです。もちろんくすりなんかも大切なのですが、これが一番重要です。それまでのことはすべてすてて、全く違う世界に飛び込んでしまうのが一番です。
でも、一旦発病したら膨大な時間がかかってしまうことも事実です。したがって予防が大切です。白鳥を白鳥と思い続けるためには、白鳥とはっきり表現してくれる人物のそばにいること。そして、その人に感謝の意を忘れないことです。