「ねえ、草平。正直に答えてね」

ある日、彼女は唐突にそう言って、その小さくて白い手を、自分の右目に咲いているそれにそろそろと伸ばした。

「この花、きれい?」

彼女にはもはや視力がない。花の蕾が開き始めたころに、そのすべてを吸収されてしまったのだ。

 僕は答えあぐねた。花は美しかった。けれどその美しさは、彼女の命が花に消費されている証だった。決して認めたくない、けれど認めざるを得ない事実だった。花が美しく、みずみずしくなるたび、彼女はみるみる弱っていった。
僕は、その花が美しいことを認めたくなかった。

沈黙がのしかかる。それを破ったのは、彼女の静かな声だった。

「……粘膜じゃなきゃ、だめだったの」
「……え?」
「どんなに研究しても、何度試しても、皮膚には全然、根付いてくれなくて。目に植えるしかなかったの」
目に、植える?
「何、言って……」

 心臓がいやに跳ねた。急に酸素が薄くなった気がした。息が苦しい。けれどその一方で僕は、胸につっかえていたものがすうっと消えていくのも感じていた。

 彼女の顔を見る。右目を花に侵されながら、その表情は穏やかだった。それを認めた瞬間、気づいたら僕は声もなく泣いていた。

 ――僕は、『目に植える』という彼女の言葉を拒否しながらも、どこかですんなり理解していたと思う。僕はたぶん、知っていた。彼女が、自分でこの花を植えたと知っていたのだ。だって、花をこんなに美しく育てられるのは、世界中どこを探してもきっと彼女だけだ。僕はずっと知らないふりをしていた。

「……どうして……」

血の気のない彼女の頬にそっと触れて、呟く。彼女は、その手に自分の手を重ねた。彼女の左目から零れ落ちた雫が、僕たちの手を濡らす。

「ごめんね、草平。私、草平の幸せを心から祈ってるの。あなたと出会ったときから、ずっと」
「うん」
「……だけど、寂しいよ。私のいない世界で、草平が幸せになるなんて、寂しい。だから私……」
「花音がいない世界に、僕の幸せなんかないよ」

彼女はそれを聞いて、しゃくりあげながら泣いた。左目からとめどなく溢れる涙に、僕の涙が落ちて混ざり合った。彼女は下から手を伸ばして、その冷たい指の腹で僕の涙を拭う。いとおしそうに、いとおしそうに。

「草平、草平。私はもう、草平を幸せにしてあげられないけど、あなたは独りじゃないから。私はこの花に宿って、ずっと傍にいるから。……だから、草平、できればずっと――」

――私のこと、忘れないで。

 彼女はそう言って目を閉じた。僕の頬から滑り落ちる手のひらを受け止める。それと同時に、群青の花の根が彼女の目からはらり、と離れて僕の足元に落ちた。花は今までで一番、美しく、香しく、まばゆく咲いていた。部屋いっぱいに、甘いバニラの香りが立ち込めていた。