140度の彼方で、きみとあの日 見上げた星空

そんなことを言って晶が青空に向かって両手をぐーっと伸ばした。

その指先は、ハート型のフレームを作って。


「これの意味くらい、知ってたよ。お前、昭和19年の男バカにしすぎ」
「あ……」


ああ、それ…………

あの時の……じゃあ、あたしの気持ちも知って……


昇さん…っ。

昇さんなんだ。

本当に本当に、昇さんなんだ……っ!


目の前にいるのは晶だけど、笑顔と、仕草は見れば見るほどに昇さんだった。

涙が溢れて、晶の顔が滲んでよく見えない。


「昇…さん……?」
「死ぬ前に約束したろ。今度は俺がお前のいる時代に行くぞ、って」
「ふっ…うぇぇ…っ……そんなの、聞き取れなかっ………」


言葉がつかえて全部が嗚咽になる。

そんなあたしを、柔らかく包みこんだ腕はあったかくて、すごくすごく、懐かしい匂いがした。

「ていうか俺、バカだよな。未来の俺に嫉妬してたんだよ。しょうって誰だよ、って。気付いてなかったろ」
「全然。だってあたしこんな坊主頭で相手にされるなんて思ってなかったもん」
「なかなか似合ってると思うよ。さあ、帰って飯にしよう。腹減った」


晶はタクシーを呼んで、あたしを家まで送ってくれた。

だけど、2日も学校をサボって幼なじみとはいえ男子とふたりきりで、ってめちゃめちゃ怒られた。

あたしたち酷い恰好だったから、那須の山で迷子になって避難してたって言ってなんとかごまかしたけど、入院中の軍服事件のこともあって晶のお父さんがカンカンだった。

軍服事件というのは、警察に軍服を取りに行ったときのこと。
晶の言い訳が酷かったのだ。


『血色の悪い弥生にどうしても軍服を着せたくなってしまって!写真展に出したくて!』


なんと、自分のしたことにしたのだ。しかも、こんなふざけた理由をでっちあげて。当然、こってり絞られたし、親も来るわの大騒ぎ。

あたしが怒っていないことで収まりはついたけど、こっちの親が気にしなくても晶の親があたしや親に平謝りで、見ていられなかった。

それでも無事、みんなの思いが詰まった軍服が戻ってきた。ひとつひとつ、口の閉じるビニール袋にしまわれて。

軍服上下に、ちぎった山根さんのボタン、昇さんのフィルム……それに、向井さんの刀。


警察に持っていかれたとき、これは正直マズイと思っていたの。だけど、向井さんの軍刀は、錆びついていて鞘が抜けなかった。

それで咄嗟に晶が、レプリカで中身はないって、またバレたらヤバい嘘をついたんだけど、いろいろと呆れきっていた警察はそれを聞いてめんどくさそうに書類を書いて全部を返してくれた。

陸軍オタクみたいな刀に詳しい人が警察にいなくてよかった、って、心から思ったよ。


そんなこともあって、晶のお父さんはあたしを気遣ってもう近付くなと激怒りなのだ。

それでも何も言わないでいてくれた晶は、やっぱりあの我慢強い昇さんなんだな、って、平和な時代でも、こうして晶はあたしを守ってくれるんだな、って、嬉しい気持ちになる。


***


梅雨が近づく。

この季節になるとジメジメ汗ばむ日も増えて、カエルの鳴き声も大合唱になってくる。

この感じ、やっぱりニューギニアの森に似ていて懐かしい。


昇さんに見せるために持って行った写真を向こうに置いてきてしまったあたしは、晶のお父さんのほとぼりが冷めた頃、晶のひいおじいちゃんに謝りに行った。


「おじいちゃん、いる?」
「いるよ」
「おとうさんは?」
「いない」


ふたりで、くすくすと笑う。


「おじゃましまーす」


おじいちゃんは、玄関に腰掛けてた。


「あ、ああ、ああ。よーぐ来だなぁ」
「えっと」
「ささ、入れ、すぐに茶をいれさせっがら」


おじいちゃんは、あたしを初めて見たみたいに丁寧に招き入れ、前と同じようにいそいそと自分の部屋の押し入れへ向かい、中から漆塗りの文箱を出してきた。


「この写真は、おじょうさんのだんべ」



昇さんのカメラ、「また」届けられてたんだ。


晶とふたりで顔を見合わせて、くす、と小さく笑いあった。


「形見……、返しに行ったら、阿久津の実家も行こう」
「うん。そうだね…って、家、知ってるの?」
「世間って案外、狭いんだよ」
「えっ、それってどういう……」


ニヤリと笑って晶がカシャリとシャッターを切った。


「あ!だから変な時に撮らないでってば!もう」
「昇の時は1枚しか撮れなかったからね」


前はすごく嫌だったけど、もう嫌じゃない。

でも照れくさいから、まだ嫌がっておこう。


そんなことを考えてたら、構えたカメラを降ろした晶が、真面目な顔であたしに言った。


「弥生、大人になったら、南十字星を見に、あの島へ行こう」
「うん。必ずね」


昇さんだったきみが仲間たちと眠る、あの島へ……


そしてあたしは名誉なんて必要のない、この平和でつまらない、別段キラキラしないありふれた日常を、「普通」のきみとしっかり歩いていきたい。

あたしたちが大人になっても、ひいおじいちゃんくらい歳をとっても、ずっと、ずっと――





 最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。
 作者の寿すばるです。


 この小説は、私にしては少し異色といいますか、普段は野いちごでバンドとかアイドルが出てきて、重いテーマはあっても割とノリ良くキラキラしたものを書いているので、以前から私の作品を読んでくださっている方は驚かれたのではないかなと思います。

 そんな私が今回なぜ戦争を、しかもあまり創作としては取り上げられることの少ない「ニューギニア戦」を題材に書いたかというと、奇跡にこぎつけたくなるような偶然の接点を持ったという経緯があります。


 私の嫁いできたところは小説でも出てくる栃木県で、作中のゼロポイントへも車で少しのところです。

 その婚家のお墓が家のすぐ近くにあって、その墓碑に親族の戦死が刻まれているのですが、その戦地がニューギニアなのです。

 私の実家はいわゆる核家族で、両親のそれぞれの代々のお墓にあまり縁がなく、こうして墓碑をじっくりみることがなかったので、私はこの戦死の文字に結婚当初から胸に小さな棘が刺さったような痛みを感じていました。

 気になって主人に尋ねてみましたが聞いたことがない、と。

 義父さんには興味本位で訊けることではないので、聞き込みはそこでおしまいにしてインターネットで調べていました。

 けれど8年前のインターネットの世界は、今思えばまだまだ未発達だったんですね。

 ニューギニアが悲惨な戦地だったということが分かったくらいで、出産、育児に追われる中だったこともあり、次第にその興味も薄れてゆきました。


 しかし、時が経ち、私たち夫婦もそのお墓の近くに家を建てることになり、お墓の前を毎日通るようになりました。

 そこでまたふと気になっていたことを思いだし、改めて調べなおしてみたところ、前に調べた時には見つけることができなかった様々な情報が飛び込んできたのです。

 知った中で一番驚いたことが、墓碑に刻まれた戦死場所が、実家、つまりその方の生家の経度とほぼ一致したことです。

 妄想家の私にとって、その偶然の一致はまるで故人の魂が経線上を辿って帰ってきたような、そんな気がしました。

 それが今作のキーになって、「140度」というタイトルにもなっています。

 言ってしまえば単なる偶然ですが、その偶然に私は突き動かされ、ニューギニアについて調べる日々を重ねました。

 このあたりまでは、まだ小説を書こうという風ではありませんでした。

 けれど、調べれば調べるほどに凄惨な戦地であったこと、そしてそれなのにそれを伝えるメディアが多くないことが私をどんどん創作に駆り立てるのです。

 オカルトのようですが、まるでその亡くなった親族に書けと言われているような、それこそ、これを書くためにこの地に嫁いできたのではないかとさえ考える始末でした。

 ただし書くだけなら、少ないなりにも既に著名な方がまとめた手記などもあり、私が入るまでもない分野です。

 ならば、若い人たちに伝えるために書くのはどうか?
 それはこれまでの、どの本でも試みられてはいないのではないか?
 そう考えました。

 そこで地図とにらめっこをして、経度という共通点でなにか面白く、というと不謹慎ですが、エンタメ性をプラスして作品にできれば、若い人たちにもこんな戦場の、こんな戦争があったんだよということを伝えられるのではないか、そう、思ったのです。


 そんな経緯で練りあがったのが今作です。

 小説書きとしてはまだまだ駆け出しの私が、戦争ものなどに手を出してしまって良いのだろうか、無念の犠牲者が、また、いまだ深い悲しみの中にいるご遺族がいらっしゃるであろうこの地を、エンタメの、しかも恋愛ものなどに使ってしまってよいのだろうかと、もがき、あがき、書きあがった今でもまだ揺らいでいます。

 その答えはまだまだ出そうにありませんが、今作をきっかけに若い人が少しでもこのことに興味をもってくださったなら、そこで初めて今作が意味のあるものになるのだと思うのです。

 冒頭で主人公が指す「泣ける戦争映画」のようなものも、泣かせるためにあるわけではなく、伝えるためにあるのだと私は思っています。


 私は決してもう若くはありませんが、私はもちろん、私の両親も戦争を知らない世代で、戦争を体験し、またその記憶を持つ世代は、若くても80代です。

 その年代の方から直接お話を伺う機会も、どんどん減っています。

 ですので、私を含め、戦争というものに興味をもった人間がこうして何か形にすることで、決して繰り返してはならない歴史を風化させずに残し続けられるのではないかなと思うのです。

 そして、この小説を通して、生きるということについて、今、生きているということについて、何かを感じていただけたら作者としてこれほど嬉しいことはありません。


 とりとめなく長くなりましたが、あとがきとさせていただきます。

 重ねてになりますが、本当に、この小説を見つけ、ここまで読んでくださったことに心よりお礼申し上げます。

 ありがとうございました。




令和元年 8月6日

   寿すばる


※参考資料
◇戦争叢書(防衛省 防衛研究所 http://www.nids.mod.go.jp/)
◇『私は魔境に生きた 終戦も知らずニューギニアの山奥で原始生活十年』島田覚夫著(光人社NF文庫 Kindle版)
◇『西部ニューギニア戦線極限の戦場―飢餓地獄を彷徨した将兵の証言』久山忍著(潮書房光人新社)
◇地図蔵(地図の緯線と経線 https://japonyol.net/editor/article/line-of-map.html)
◇茨城大学宇宙科学教育研究センター(http://www.asec.ibaraki.ac.jp/)
◇国立天文台 水沢(http://www.miz.nao.ac.jp/)
◇国立天文台 野辺山宇宙電波観測所(https://www.nro.nao.ac.jp/)
◇Wikipedia(https://ja.wikipedia.org/wiki/ホーランジアの戦い・他)
このほか、体験記、ブログ、過去に鑑賞した映画、、小説、アニメなども参考にさせていただいています

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