人気のない荒れた畑の隅に、木造のバス停みたいな小さな上屋があった。
そこにもたれかかるようにして軍服の男の人が座っているのが見える。
「あの人!日本軍の人!?」
「そのようだ」
「寝てる?具合でも悪いのかな?」
「…………」
何も言わない昇さんの様子が気になったけど、あたしは味方を見つけた気持ちでテンションが一気に高まっていくのがわかった。
「行くな!」
「えっ」
はやる気持ちが抑えられなくて、足早になっていたあたしを昇さんが止めた。
そうだった。
あたし、この格好のまま他の軍人さんに見つかったらマズいんだった。
昇さんの後ろに戻り、隠れるようにゆっくりとついてゆく。
だけど。
その人に近づくにつれて、異様な臭いがするのに気づいた。
甘い、独特な臭い。
その臭いで、薄々気付きかけたけど、その時のあたしはまだそれを認めたくなかった。
だから、そのまま足を止めずに近づいた。
だけど。
「ひ…っ!」
その人の顔にはおびただしい数の虫が張り付いていて、くぼんだ目や、半開きの口の中へも虫が出入りしていた。
死んでる!
そう思ったけど、かすかにお腹が動いた。
「昇さん!生きてる!この人、生きてるよ!どうしよう、こんなに虫付いちゃって、助けなきゃ…」
「よせ」
「だって…っ」
「もう死んでる」
「嘘!生きてるよ!今お腹動いたもん、息、してるんだよ!」
「腐ってガスが溜まってるだけだ。それにもし生きてたところで、薬もない。何もしてやれることなんかないんだ」
「そんな…酷いよ、昇さん」
「…なんとでも言え。お前の時代じゃない」
「あ…」
何もしようとしない昇さんに、つい、言ってしまった。
だけど気持ちの持って行き場がなくて、あたしは素直に謝ることもできなかった。
戦争中なのはわかってるけど、あたしだって好きでこんなとこに来たんじゃない。
なんでも揃って医療も充実してる時代に生まれたのだって、あたしが選んで生まれたわけじゃない。
全部、偶然。
だから、昇さんに「お前の時代じゃない」なんて嫌味っぽく言われたことにも、少し、腹が立った。
そんなあたしをよそに、昇さんはその軍人さんに長いこと手を合わせてたけど、それが済んだらその軍人さんの靴を脱がし始めた。
昇さんが触れたことで、軍人さんの体がかすかに揺れた。
その瞬間。
「あっ…嘘…っ」
くぼんだ目から、ドロリと何かがこぼれ落ちた。
一緒にくっついてた小さな虫が、地面を逃げていく。
あれって……
眼球だ………!
どうしよう。
見ちゃった。
すごいもの見ちゃった。
この人、本当に死んでるんだ…
そう思ったとき、またお腹がぐにょりと動くのが見えて、中が腐ってガスが充満しているところを想像してしまって、思わず吐いた。
「う、うぇ……」
「だから待っていろと言ったんだ…」
「だ、だって、うえぇ…っ」
人が死んでるのなんて、初めてみたんだよ。
お葬式とかでならあるけど、座ったまま腐ってるのなんて、普通見る機会なんか絶対ないよ。
無理だ。
こんなとこ、無理。
吐き気は収まったけど、体がぶるぶると震えだして、涙が止まらない。
自分の歯がカチカチと鳴る音を聞きながら、骸骨がカタカタと笑うのが頭に浮かんで、また恐ろしくなった。
死ぬんだ。
人は、死ぬ。
ここにいたらあたしもきっとあんな風に…
そう考えたら、怖くて怖くてしかたがなくなって。
あたしはその場でへたり込んでしまった。
そこにもたれかかるようにして軍服の男の人が座っているのが見える。
「あの人!日本軍の人!?」
「そのようだ」
「寝てる?具合でも悪いのかな?」
「…………」
何も言わない昇さんの様子が気になったけど、あたしは味方を見つけた気持ちでテンションが一気に高まっていくのがわかった。
「行くな!」
「えっ」
はやる気持ちが抑えられなくて、足早になっていたあたしを昇さんが止めた。
そうだった。
あたし、この格好のまま他の軍人さんに見つかったらマズいんだった。
昇さんの後ろに戻り、隠れるようにゆっくりとついてゆく。
だけど。
その人に近づくにつれて、異様な臭いがするのに気づいた。
甘い、独特な臭い。
その臭いで、薄々気付きかけたけど、その時のあたしはまだそれを認めたくなかった。
だから、そのまま足を止めずに近づいた。
だけど。
「ひ…っ!」
その人の顔にはおびただしい数の虫が張り付いていて、くぼんだ目や、半開きの口の中へも虫が出入りしていた。
死んでる!
そう思ったけど、かすかにお腹が動いた。
「昇さん!生きてる!この人、生きてるよ!どうしよう、こんなに虫付いちゃって、助けなきゃ…」
「よせ」
「だって…っ」
「もう死んでる」
「嘘!生きてるよ!今お腹動いたもん、息、してるんだよ!」
「腐ってガスが溜まってるだけだ。それにもし生きてたところで、薬もない。何もしてやれることなんかないんだ」
「そんな…酷いよ、昇さん」
「…なんとでも言え。お前の時代じゃない」
「あ…」
何もしようとしない昇さんに、つい、言ってしまった。
だけど気持ちの持って行き場がなくて、あたしは素直に謝ることもできなかった。
戦争中なのはわかってるけど、あたしだって好きでこんなとこに来たんじゃない。
なんでも揃って医療も充実してる時代に生まれたのだって、あたしが選んで生まれたわけじゃない。
全部、偶然。
だから、昇さんに「お前の時代じゃない」なんて嫌味っぽく言われたことにも、少し、腹が立った。
そんなあたしをよそに、昇さんはその軍人さんに長いこと手を合わせてたけど、それが済んだらその軍人さんの靴を脱がし始めた。
昇さんが触れたことで、軍人さんの体がかすかに揺れた。
その瞬間。
「あっ…嘘…っ」
くぼんだ目から、ドロリと何かがこぼれ落ちた。
一緒にくっついてた小さな虫が、地面を逃げていく。
あれって……
眼球だ………!
どうしよう。
見ちゃった。
すごいもの見ちゃった。
この人、本当に死んでるんだ…
そう思ったとき、またお腹がぐにょりと動くのが見えて、中が腐ってガスが充満しているところを想像してしまって、思わず吐いた。
「う、うぇ……」
「だから待っていろと言ったんだ…」
「だ、だって、うえぇ…っ」
人が死んでるのなんて、初めてみたんだよ。
お葬式とかでならあるけど、座ったまま腐ってるのなんて、普通見る機会なんか絶対ないよ。
無理だ。
こんなとこ、無理。
吐き気は収まったけど、体がぶるぶると震えだして、涙が止まらない。
自分の歯がカチカチと鳴る音を聞きながら、骸骨がカタカタと笑うのが頭に浮かんで、また恐ろしくなった。
死ぬんだ。
人は、死ぬ。
ここにいたらあたしもきっとあんな風に…
そう考えたら、怖くて怖くてしかたがなくなって。
あたしはその場でへたり込んでしまった。