日が暮れて、足元はもうほとんど見えない。昼間はあんなに暑かったけど、だんだんひんやりとしてきた。

 鳥も敵機も飛ばない静かな空のかわりに、今度は地面が騒がしくなっている。たぶん、鈴虫みたいな虫とか、カエル。鳴き声に涼しさ、この感じ、地元と似てるかも。

 夏になると「熱帯夜、熱帯夜」と繰り返すテレビに違和感しかなかった。テレビ局がある東京は、夜も暑いらしい。だけどうちのあたりは、夜になれば寒いくらいの日だってある。

 真夏に毛布を被って寝ることがあるのを、東京から来た先生が寒くて驚いたと言っていたのを思い出した。ここは、その感じと似てる。


「なんだかんだで暗くなるまでよく歩いたな」
「あ、うん、でももう無理…寒いし」
「本当は岩場のほうがいいんだが…この辺りにはなさそうだ。仕方ない、今夜はここで休もう」
「ん…」


 昇さんが荷を解いて地面に固い布を敷いた。


「天幕を張るから、少し手伝ってくれるか」
「うん?」


 返事はしたものの、天幕が何のことかわからなかった。だけど手慣れた様子で杭を打っていく昇さんを見て、テントのことだとわかった。いまさっき敷いた布がそれだ。

 布は半分に折ってあり、その上側だけを持ち上げて屋根にした。細長くてトンネルみたいだ。

 天幕をピンと張ると、何もなかった空間が一気に人間らしい居場所になった。

「これでよし、と」


 そのあとは毛布をそこに敷いてくれて、座るよう促された。あたしはそこで昇さんが食事の用意をするのを見ているだけという、なんとも情けない女子力の低さ。

 こういう場所だと、料理も女子力というより人間力かな。可愛らしいお弁当を作ってアピるようなチャンスは、まずやってはこなそうだ。


「今日は天気が良かったから助かった」
「でも倒れそうなくらい暑かったよ?」
「雨だと、火が付かないだろう?飯だけじゃなく明日の飲み水も作れないんだぞ」
「あ、そっか」
「未来は、暮らしやすそうだな」
「ん?まあそうだけどなんで?」
「お前みたいなのが暮らせるんだもんな」
「う」
「冗談だよ。面白い顔すんだなぁ」


 昇さんがあたしをからかいながら、集めた枯れ枝の上に飯盒を掛けた。手際よく火をおこすとあっという間に火が大きくなる。炎に照らされた昇さんの顔が、柔らかく微笑んでいた。


「じきに食えるからな」
「うん」


 虫たちの声と、炎がパチパチと枝を焼く音が耳に心地いい。昇さんと一緒なら、こんな野宿だって、なんだかワクワクするよ。