トリフネは日本初の有人月ロケットだ。
 私のお父さんは、トリフネ計画における宇宙服のプロジェクトリーダー。
 今は、南九州の宇宙センターに単身赴任中。家に戻ってこれるのは、お盆と正月の
数日だけ。だから、お父さんが家にいるときには、思いっ切り甘える事にしている。
 こんな私と父の関係をシーちゃんに話すと、「そりゃ、ファザコン」と言われる。
 私がファザコンかどうかは、さておいて、私は父を好きだし、尊敬している。
 お父さんは、賢いし、逞しいし、立派だし、正直だ。そして、何より私に優しい。
「それは、離れて暮らしてるから、悪いところが見えないのよ」
 とシーちゃんは言う。
 確かにそうかもしれない。でも、やっぱり、お父さんは私にとって理想の男性。

「美幸。お父さんに甘えてばかりいないで、家事を手伝って」
「はーい」と言って元気に立ち上がる。
 いつもならば、お母さんのアレやってコレやってに追い立てられて、家事をするの
だが、お父さんがいるというだけで、手足が軽くなったように感じるから不思議だ。

 その日の夕方。
「俺にも作らせろよ」と、厨房を覗きに来るお父さんを追い返し、美幸特製カレーを
作る。料理のレパートリーは、他にもたんまり有るけれど、
「美幸のカレーが食べたい」
などと言われた日には、持てる力の全てを賭けて、特製カレーを作って進ぜます。
 隠し味は、チョコレートとヨーグルトとトマトジュース。
 夏の人気野菜、なす・トマト・ズッキー二も具材の仲間入り。
 付け合わせは、イカのマリネサラダ。その他に……。
 と、奮発して副菜をたんまり用意したので、夕食がいつもより遅くなった。