陸くんは黒板を消し終わると、演習問題の2を解きはじめた。
 瞬く間に、黒板が数式で埋め尽くされていく。
 松永先生とは比べ物にならない綺麗な筆致だ。しかも、答えは合っている。
 むむむむむ。松永先生がひとしきり唸る。
 答えが合っているのだから、クレームのつけようがない。
「戻ってよし」松永先生も不請不請そう言わざるを得ない。
 陸くんは、黙って席に戻ると、再び机の上に突っ伏した。
 松永先生、憤懣やるかたない様子だったが、仕方なく他の獲物を探しはじめた。
 どうやら、足利さんを指名した事は忘れたようだ。
 陸くんて、こんな事する子だっけ? 目立たない、大人しいだけの人だと思ってた
けれど、やるときゃやるんだね。
 私は、心の中で拍手を送りながら、陸くんの背中を見つめていた。

 数学の授業が終わった。
 松永先生はいつにも増して不機嫌で
「佐藤陸! 後で、職員室に来い」と捨て台詞を残して教室を出て行った。
 陸くんは我関せず焉で、机の上に突っ伏している。
 休み時間になり、陸くんの席に足利さんがトコトコやって来た。
「あ、あの。佐藤くん、さっきはありがとう」
 足利さんが消え入りそうな声で、礼を言う。
 それに対し、陸くんは眠たそうな顔を上げ、小さな声で
「嫌いだから」と呟いた。
 あまりの酷い言葉に、足利さんが泣きそうな顔になる。
 すると、陸くんは面倒くさそうに
「あの先生が、嫌いだから」と続け、再び机の上でスリープモードに入る。
 足利さん、一瞬あっけに取られたようだけど、やがて笑顔に戻り、
「ありがとう」
 と優しく声をかけ、名残惜しそうに陸くんの席を離れた。

 何なのよ。陸くん。
 女の子には、もっと優しく接してあげるものよ。
 大きく膨らんでいた陸くんへの好感度は、一気に萎んだ。