松永先生が黒板を書き終えて振り向く。
 次は演習の2を生徒にやらせるつもりだ。
 こういうとき、先生が指す生徒は決まっている。
 それは、まだ黒板を写し終えていない生徒。即ち、授業に追いついていない人だ。
 意地悪な目が、教室をサーチする。
 足利さんが懸命に黒板を書き写している。松永先生がニヤリと笑う。
「足利! 演習の2、前に出てやれ」
 足利さんが固まる。項垂れた姿が痛々しい。
「どうした。足利。出来ないのか」松永先生が追い打ちをかける。
 嗚呼、私が手を上げて助け舟をだそうか。
 でも、松永先生、自分で指名した人以外には回答させないからなぁ。
 どうしよう。

 フワーアァァア。
 誰かが大欠伸するのが聞こえた。
 全員の目が一点に注がれる。
 欠伸の主は、陸くんだった。
 松永先生が陸くんを睨みつける。眉が釣り上がる。
「佐藤陸。一時限目から大欠伸する奴があるか! 大方、夜遅くまで遊んでばっかり
なんだろう。いいか、学生の本分は……」
 松永先生が説教エンジンを始動しようとした時、陸くんが立ち上がってスタスタと
黒板の前に歩み出た。
 何をするのかと見ていたら、陸くんが松永先生の書いた数式を消し始めた。
「お前!? 何するんだ!?」と松永先生が気色ばむと
「演習問題の2」と陸くんがぶっきらぼうに答える。