ツン、ツク、ツン。

 シーちゃんに、腰の辺りを小突かれた。
「……?」
「ねぇねぇ、今度の転校生、どっかで見た事あるような気がしない?」
 そう言われて前方を見ると、件の転校生は此方に背を向けて、黒板に名前を書いて
いるところだった。

 その子が振り返る。
 全身に衝撃が走る。
 ガタガタガタッ!!
 教室中に音を響かせて、私は椅子から立ち上がる。
「どうした? 天野。まだ、自己紹介の途ち……」
 先生の声も耳に入らない。

 涙が両頬を伝う。嗚咽が漏れる。
 クラスメイトのざわめきを、遥か彼方の音として聞く。

 重力に引かれるように足が動く。
 一歩、また一歩と教室の前に進む。
 あの人と目が合う。素知らぬ風を装った表情で、あの人が目を逸らす。
 けれど、視線は再び絡み合い、その瞳に笑みが宿る。

 私は走り出す。
 その動きに合わせ、止まっていた私の時間が動き出す。
 私を取り巻くセピア色の世界に、鮮やかな色彩が蘇ってくる。
 私は、今、自分の世界に帰って来たんだ。
 
 走りながら、あの人に向かって身を躍らせる。
 スローモーションで、あの人の胸を目指して宙を飛ぶ。
 腕を広げて、あの人が私を抱きとめる。
 あの人の鼓動を聞き、あの人の匂いを感じ、あの人の温もりを受け入れる。
 待ち望んでいた瞬間が、私の髪を優しく梳る。
 全ての想いと、記憶と、時間が輝きを取り戻した世界の中で、私は愛するその人の
名を呼ぶ。
「陸くん」と。

          
 
              ―おわり―