「ソファーなんて気の利いたものないから適当に座って」
 促されるままに、カーペットの床に腰を落とす。
「まずは涙を拭いて」
 陸くんが、真新しいハンカチを渡して寄越した。
 思いがけず、優しくされてので、また涙が溢れる。

「母さんから、何か聞いた?」
「陸くんが、記憶喪失なんだって。ごめんなさい。私、その事、気がつかなくて」
「ああ、そのこと。それは……、その……。もう良いんだ」
「?」
「実は、記憶は戻ってる。この前の事故がきっかけでね」
「そうなの?」
 これはまた意外な事を言われた。驚きのあまり、陸くんの顔を見入ってしまう。
「でも、まだ両親には話してないんだ。あんまり思い出したくない記憶だったから」
 可哀相な陸くん。思い出したら思い出したで、心の負担になってしまう過去だった
のに違いない。
 
「ところで、天野さんの用件って、僕にソラシドレスキューに戻って欲しい。その事
でしょ」
 そうだ。私は、その用件で陸くんの元にやって来たんだ。
 でも、記憶喪失になる程の暗い過去を、陸くんが背負っている事実を知った。
 そんな陸くんに、ソラシドレスキューへの復帰を願うのは、良い事なのだろうか。
悪い事なのだろうか。
 彼に、犠牲を強いる事になりはしないだろうか。
 その一方で、陸くんが居ないとソラシドレスキューは成立しない。陸くん無しでは
超能力が発動しないのだから。
 私は、どうすれば良いのだろう。何を言えば良いのだろう。
 進退窮まって、私は陸くんの前で、物言わぬ人形になっていた。