翌日の夜十一時を過ぎ。賢介の携帯電話がマナーモードで震えた。見慣れない番号だ。
おそるおそる出たら、脳を貫き反対の耳まで届くような声が響いた。
「沙紀ちゃんでーす!」
沙紀の番号は携帯に登録していなかった。もう会うことはないと思っていたからだ。
「ああ、どうも」
沙紀の勢いに気圧されて、小声になる。
「石神君、その不愛想な対応はなに? 沙紀ちゃんにブスッと刺しておきながら、冷たいんじゃない?」
「あ、はい……、電話をもらえるとは思っていなかったから」
ブスッと刺しておきながら、と言われ、賢介は口ごもり、かろうじて言い訳をする。
「ふーん。まっ、確かに予想外だっただろうから、許してあげるよ。どう? 元気にしてた?」
「まあまあかな」
「結婚相手は見つかった?」
「苦戦中です」
「そうだろうと思ったよ」
「沙紀さんこそ、見つけたの?」
「全然! 沙紀ちゃんは、マイノリティだからさ」
うまくいっていないわりには元気そうだ。
「何か用事?」
「石神君さあ、お見合いパーティーに参加したことある?」
「ありません」
「一緒に行こうよ!」
予期せぬ電話で予期せぬ提案だ。
「沙紀さんは参加したことあるの?」
「ありませーん。行きたいけど、ちょっと不安でさ。だから、石神君と参加しようと思ったわけ」
「お誘いは光栄だけど、なにも僕じゃなくても、ほかに一緒に行く女友達はいないの?」
「だめだめだめ! 女友達には知られたくありません」
シングルの男女を対象にしたお見合いパーティーが流行っていることは、賢介も知っていた。男女十人から二十人ずつが集められて、交際相手を見つけるイベントだ。
「遠慮します」
「なんで?」
「なんで、って……。だって、そんな、もてない男女の集まりみたいなの、行くのいやですよ」
「なに見栄張ってるのよ。実際にもてないんだから、しかたないじゃない。そもそも結婚相談所に入ってるんだしさ」
「相談所の見合いは、相手の女性としか話さないけど、パーティーって、もてない自分を大勢の前に披露しに行くみたいでしょ。僕が住む町のもてない男の代表としてやってきました、みたいな」
「うわっ、石神君って、沙紀ちゃんが思っていたよりも自意識過剰。そんなの誰も気にしないよ。パーティーには結婚相手募集中しかいないんだから。みんな同類」
沙紀は引く気配を見せない。
「沙紀さんだって、女友達には知られたくないんですよね?」
「友達に知られたら、下に見られるようになるでしょ。実害があるわけ。でも、知らない人たちの中に入るのなら平気」
「だったら、一人で行けばいい」
「どうしてそういうこと言うかな。沙紀ちゃんは女の子だから、どんな雰囲気かわからないところに一人で行くのが不安なの。だから、一緒に行ってほしいんじゃないの。付き添いだと思って来てよ。刺しつ刺されつの仲じゃない」
また賢介は口ごもり、結局は沙紀に押し切られて、その週末の午後に開催されるお見合いパーティーに参加することになった。
メールで沙紀が詳細を送ってきたパーティーは銀座だった。
〈恋から最短距離で結婚へ! アラフォー中心パーティー〉
パーティーのタイトルである。賢介は「アラフォー」というくくりが気になって沙紀に電話をかけた。
「僕、五十歳なんだけど、お見合いパーティーには年齢制限があるんじゃないですか?」
「あるよ」
沙紀はあっさりと認めた。
「じゃあ、僕は参加できないんじゃないでしょうか」
「大丈夫。電話して訊いたら、二つや三つ年齢がオーバーしていてもいいって。年齢制限が四十七歳までのパーティーだから、三つオーバーの五十歳は余裕でOK」
「余裕ではないと思いますよ。それに、自分より若い集まりに参加するのは気が引けるんだけど」
「そういうネガティヴな発言はしないの! 自分よりも若い男女の輪に入れるんだからラッキーだと思いなよ。調べたら、お見合いパーティーって年代別に開催されていてさ、四十歳の沙紀ちゃんと五十歳の石神君が一緒に参加するには、この枠しかないんだよ」
結局、ここでも沙紀に強引に押し切られた。
おそるおそる出たら、脳を貫き反対の耳まで届くような声が響いた。
「沙紀ちゃんでーす!」
沙紀の番号は携帯に登録していなかった。もう会うことはないと思っていたからだ。
「ああ、どうも」
沙紀の勢いに気圧されて、小声になる。
「石神君、その不愛想な対応はなに? 沙紀ちゃんにブスッと刺しておきながら、冷たいんじゃない?」
「あ、はい……、電話をもらえるとは思っていなかったから」
ブスッと刺しておきながら、と言われ、賢介は口ごもり、かろうじて言い訳をする。
「ふーん。まっ、確かに予想外だっただろうから、許してあげるよ。どう? 元気にしてた?」
「まあまあかな」
「結婚相手は見つかった?」
「苦戦中です」
「そうだろうと思ったよ」
「沙紀さんこそ、見つけたの?」
「全然! 沙紀ちゃんは、マイノリティだからさ」
うまくいっていないわりには元気そうだ。
「何か用事?」
「石神君さあ、お見合いパーティーに参加したことある?」
「ありません」
「一緒に行こうよ!」
予期せぬ電話で予期せぬ提案だ。
「沙紀さんは参加したことあるの?」
「ありませーん。行きたいけど、ちょっと不安でさ。だから、石神君と参加しようと思ったわけ」
「お誘いは光栄だけど、なにも僕じゃなくても、ほかに一緒に行く女友達はいないの?」
「だめだめだめ! 女友達には知られたくありません」
シングルの男女を対象にしたお見合いパーティーが流行っていることは、賢介も知っていた。男女十人から二十人ずつが集められて、交際相手を見つけるイベントだ。
「遠慮します」
「なんで?」
「なんで、って……。だって、そんな、もてない男女の集まりみたいなの、行くのいやですよ」
「なに見栄張ってるのよ。実際にもてないんだから、しかたないじゃない。そもそも結婚相談所に入ってるんだしさ」
「相談所の見合いは、相手の女性としか話さないけど、パーティーって、もてない自分を大勢の前に披露しに行くみたいでしょ。僕が住む町のもてない男の代表としてやってきました、みたいな」
「うわっ、石神君って、沙紀ちゃんが思っていたよりも自意識過剰。そんなの誰も気にしないよ。パーティーには結婚相手募集中しかいないんだから。みんな同類」
沙紀は引く気配を見せない。
「沙紀さんだって、女友達には知られたくないんですよね?」
「友達に知られたら、下に見られるようになるでしょ。実害があるわけ。でも、知らない人たちの中に入るのなら平気」
「だったら、一人で行けばいい」
「どうしてそういうこと言うかな。沙紀ちゃんは女の子だから、どんな雰囲気かわからないところに一人で行くのが不安なの。だから、一緒に行ってほしいんじゃないの。付き添いだと思って来てよ。刺しつ刺されつの仲じゃない」
また賢介は口ごもり、結局は沙紀に押し切られて、その週末の午後に開催されるお見合いパーティーに参加することになった。
メールで沙紀が詳細を送ってきたパーティーは銀座だった。
〈恋から最短距離で結婚へ! アラフォー中心パーティー〉
パーティーのタイトルである。賢介は「アラフォー」というくくりが気になって沙紀に電話をかけた。
「僕、五十歳なんだけど、お見合いパーティーには年齢制限があるんじゃないですか?」
「あるよ」
沙紀はあっさりと認めた。
「じゃあ、僕は参加できないんじゃないでしょうか」
「大丈夫。電話して訊いたら、二つや三つ年齢がオーバーしていてもいいって。年齢制限が四十七歳までのパーティーだから、三つオーバーの五十歳は余裕でOK」
「余裕ではないと思いますよ。それに、自分より若い集まりに参加するのは気が引けるんだけど」
「そういうネガティヴな発言はしないの! 自分よりも若い男女の輪に入れるんだからラッキーだと思いなよ。調べたら、お見合いパーティーって年代別に開催されていてさ、四十歳の沙紀ちゃんと五十歳の石神君が一緒に参加するには、この枠しかないんだよ」
結局、ここでも沙紀に強引に押し切られた。