週末の午前十一時、新宿西口にあるホテルのフロント前のカフェラウンジでは、見合いの男女が何組も向き合ってお茶を飲んでいた。賢介が仕事の打ち合わせで平日によく利用しているラウンジが、週末に見合いでにぎわっているとは知らなかった。
入口横には老舗の生花のチェーン店がある。その周辺にもスーツ姿の男やワンピース姿の女が数多くいて、誰もかれもがせわしなく視線を泳がせている。全員が初対面なので、見合い相手を見誤らないように必死だ。
実際に相手を間違えて話しかけている男女も目につく。人違いされたほうは、余裕のある笑顔で対応している。慣れているのだろう。
 賢介は花園恵という四十六歳の女性を待っていた。二週間ほど前に見合いを申し込んできた女性で、プロフィールの職業欄にはケーブルテレビのレポーターと書かれていた。
最初は断ろうと思った。身のほどをわきまえず、自分よりも十歳くらい年下の相手を希望していたからだ。
賢介は自分の年齢の前後五、六歳くらいの女が苦手だった。一九八〇年代後半から一九八〇年代後半のバブル景気を二十代で体験している女は扱いづらい。食事からクルマまで、要求するレベルが高い。
「私、まだ国産のクルマに乗ったことないんだけどおー」
 初デートで自宅まで迎えに行ってまさかの乗車拒否をされたこともある。
「四十代になって持ち家じゃない男とは付き合ってはいけない、ってパパに言われているの」
 と交際を断られたこともある。
 しかし、恵はそういうタイプには見えず、断る決断ができなかった。彼女のプロフィールの「担当カウンセラーからのPR」欄も気になっていたのだ。
〈初めてお会いしたとき、女優さんかと思ってしばらく見とれてしまいました。実際に会うと、写真よりもはるかに美しく、実年齢よりも十歳から二十歳は若く見えます。ぜひお会いしてみてください〉
 そう書かれていた。
十歳から二十歳というのは範囲が広すぎる。実年齢が四十六歳だから、三十六歳か二十六歳に見えるということだ。乱暴な担当者だと思った。
それでも断れなかった。カウンセラーが男性か女性かは不明だが、しばらく見とれてしまったというコメントが気になってしかたがなかったのだ。
恵のプロフィールにアップされている写真はスタジオでプロが撮影したものではなく、海外旅行でのスナップだ。南の島だろうか。小麦色の顔をした子どもたちに囲まれて笑っている。印象はいいが、離れた場所から撮った破顔なので、ふだんはどんな顔なのか、よくわからない。
会うべきか。やめておくべきか――。
パソコン画面に目を近づけたり、斜めから見たりした。もちろん無駄な努力だ。結局見合いをすることに決めた。会って自分の目で確かめたかったのだ。

「石神さんですか?」
 声に振り向くと、見覚えのない女性が微笑んでいた。
賢介は仕事の知り合いに声をかけられたと思った。どこで名刺交換をした人だろう。友人や仕事の関係者に見合いをしていることは知られたくない。日常生活でパートナーを見つけられないことはコンプレックスだ。
「はい……」
 顔を見られたくない意識が働き、視線を下に落とす。
「花園恵です」
 賢介はあわてて顔を上げ、息をつまらせた。目の前には、写真とは別人のような白髪混じりの女がいた。
カウンセラーのPRコメントは、明らかに嘘八百だ。目の前の彼女に、女優かと思って見とれることなどありえない。相談所のプロフィール画面で実年齢を知らなければ年上だと思っただろう。三十代には見えないし、二十代なんてもってのほかだ。
こうなる可能性があることは、ある程度想定していた。しかし、覚悟していたレベルを超える実物に賢介の気持ちは萎えた。
 ラウンジに入って見合いが始まると、恵は明るく、よくしゃべった。メディアの仕事をしているので、スポーツから最新の映画まで話題も豊富だ。
しかし、賢介は騙された思いが払拭できない。どう見ても女優ではない。一つ嘘があると、年齢も、職業も、すべてに疑いをもってしまう。
だから、何を話しかけられても、適当に対応してしまう。そんな自分の態度に自己嫌悪も覚える。悪循環だ。この女とは二度と会うまいと思った。
「石神さん、あまりしゃべらないんですね?」
「あっ、はい、まあ、そういうわけでも……」
「私、おもしろくないですか?」
「えっ、いえ、楽しいですよ。でも、そろそろ相談所の規定にある一時間になるので、出ましょうか。貴重な週末をこれ以上僕との時間に使わせては申し訳ないし」
「私、何か、石神さんのお気にさわること、言いましたか?」
「いえ、そんなことは。実は、担当カウンセラーに、一時間で切り上げるように厳しく言われていまして」
 ほどほどのところで見合いを切り上げた。

夜、児島から電話があった。
「今日お見合いをされた女優のように美しい女性、いかがでしたか?」
 開口一番、癇に障る言い方だ。
「誇大PRでした」
「やっぱり。では先方には断りの連絡を入れておきます」
「一つ偽りがあると、ほかの全部が嘘に思えて、積極的に会話ができません。考えてみれば、そんなにきれいな人、いるはずないですよね」
「お気持ちはわかります。よーくわかりますが、きれいな女性、意外といるみたいですから。引き続き頑張ってください」
 児島は他人事のように言って電話を切った。
 結婚相談所では、交際を断る場合、相手に直接連絡しなくていい。おたがいの心が痛まないように、担当カウンセラー経由で伝えるのがルールだ。また、男女どちらかが交際しないと決めたら、それ以降の相手への連絡も禁じられている。もしどちらかがルールを破ったら、相談所レベルで解決する。
 恵との見合いで、賢介はそれまで自覚していなかったコンプレックスに気がついた。
 賢介は女性を容姿だけで判断してしまう。それは自信のなさと背中合わせだ。自信がないから、見た目のいい女を求めてしまう。「石神、いい女と結婚したなあ」という周囲の評価が欲しいのだ。そして容姿に引かれて女性と付き合うから、相手の心ときちんと向き合わない。