「石神、婚活は順調か?」
 取材の帰りに寄ったカフェで近藤に訊かれた。
近藤は高校時代の同級生で、三十年以上の付き合いになる。月二回発行する四十代男性をターゲットにした雑誌の編集長であり、一緒に取材に出かけることも多かった。結婚して二十年目を迎え、大学生の息子がいる。
仕事もエネルギッシュだが、プライベートも盛んで、賢介の知る限り、常に三人以上の女と付き合っている。今は、もう十年以上関係が続いている四十五歳のラグジュアリーブランドのプレスを筆頭に、三十七歳、三十五歳、二十九歳と続き、二十二歳の女子大生まで五人の恋人がいるらしい。
「オレの恋愛は浮気ではない。全員本気だ」
近藤はいつも主張した。
「全員本気だ」と言うだけあって、経済力にものを言わせ、五人の恋人すべてと同じように交際している。性欲が異常に強く、五十代を迎えてなお、ひと晩に五戦は交えるらしい。元気な夜は七戦までいくと豪語していた。
「七回目も射精するのか?」
 驚いて訊いた。
「もちろん」
 近藤は胸を張った。
特別な体質なのだろうか。平熱は三十七度五分。活動が活発な小学生よりも高く、近くにいると実際に熱を発しているのを感じる。
 彼が交際する二十三歳の女子大生に、近藤の一体どこが好きなのか、訊ねたことがある。三人で食事中、近藤が仕事のトイレで席をはずしたときだった。
「とっても優しいんです」
 里香という名のその女子大生は恥ずかしそうに打ち明けた。
「どう優しいの?」
 訊くと、彼女はさらに頬を赤らめた。
「彼、私のアソコ、一時間もなめてくれるんです」
 賢介は椅子から落ちそうになった。
まるで犬ではないか。
しかし、驚きはすぐに尊敬に変わった。五十にもなって二十三歳の恋人の大切なところを一時間もなめ続けるなど誰にでもできることではない。ほとんどの男は自尊心がブレーキをかける。なによりも舌が抜けるほど疲れるはずだ。しかし、近藤はためらいなくなめるのだ。
 その近藤に賢介は婚活の成果を訊ねられた。
「大苦戦だ」
 即答した。
「一か月に二十人に見合いを申し込んで十九人に断られた」
 付け加える。
「それはひどいな。打率〇割五分じゃないか。会ったのは阿佐谷のM女だけか」
 近藤には沙紀のことは報告済だ。
「われながら情けない状況だ」
「心が病みそうだな」
「近藤、思うままを答えてほしい。お前から見て、オレはどうだ? 結婚相談所のホームページのプロフィールはうそはつけないが、写真はさしかえられる。髪型とか、眉の形とか、どんなことでもいい。遠慮せずにアドバイスしてくれないか」
 懇願した。
「言っていいのか?」
「えっ、あるのか?」
「ある。言っていいか?」
 近藤が念押しする。
「もちろんだ」
「そうか……、なら、正直に指摘させてもらおう。怒るなよ。お前について、実はずっと気になっていたことがある」
「もったいぶらずに、早く言え」
 賢介は身構えた。
「石神、化粧はやめたほうがいんじゃないか」
 思いもよらぬ指摘をされた。
「化粧? オレが?」
「そうだ」
「化粧なんて、生まれてから一度もしたことはない」
「えっ」
 近藤は賢介の顔を見返した。
「していない」
 賢介はもう一度言う。
「うそつくな。じゃあ、なんでそんなにてかてかした顔をしてるんだ?」
「悪かったな。これは自前の脂だ」
「ほんとか!」
「驚くほどじゃないだろ」
 近藤は賢介の顔をじっと見つめる。
「お前、自前の脂でそんなにてかるのか?」
「よけいなお世話だ」
「顔、毎日洗ってるのか?」
「当たり前だ。これでもきれい好きなんだ。それに、自前の脂が多いと、顔が汚れる。街を歩くと、浮遊しているほこりを吸着して、真っ黒になる」
「ハエ取り紙みたいだな。だったら、もし再撮影できるならば、その前に顔はよく洗っておけ」
「わかった……」
 それでもまだ、近藤は何か言いたそうな表情をしている。
「ほんとうに化粧はしていないんだな?」
「何度言わせる。していない。したこともない。オレが家でこそこそ化粧をしていたら、気持ち悪いだろ?」
「ああ。お前が化粧をする姿も、化粧をするその気持ちも気味が悪い」
「だから、してないって言ってるだろ」
 帰宅すると、すぐに相談所のホームページにある自分の写真を再確認してみた。確かにごま油を塗ったようだ。写真を撮り直そう。ちょっと腹は立ったが、長年の友人のアドバイスには素直に従ったほうがいい。

 プロフィール写真を替えたのがよかったのか、その後、賢介は少しずつ見合いの申し込みを受けるようになった。婚活市場でまだ自分に商品価値があるとわかり、ほっとした。
見合いをするには一回につき五千円を相談所に支払う。お金を払ってまで自分と会いたいと思ってくれる女性がいる事実は救いだった。