西武新宿駅近くに、えび通りという路地がある。かつて店先で海老を焼く居酒屋が何軒も並んでいたことから名づけられた。その通りに面した雑居ビルの四階にカエサルはあった。地味な看板しかなく、知らなければそこがソープとは気づかないだろう。
エレベーターが開くと目の前が受付で、黒服の男が座っていた。近藤によると、写真指名はできないらしい。自分の好みを伝え、女性のセレクトは店に任せるしかない。
賢介は思いつくすべての希望を伝えた。
「ウエストが細くて、バストが大きくて前を向いていて、お尻も張っている女性をお願いします。目は大きくて、髪はできれば長いほうがうれしいですけれど、ショートでもかまいません。年齢は……できるだけ若い人でお願いします」
受付の男がかすかに笑った気がした。
「かしこまりました。私どもの店は九十分六万四千八百円のコースのみですが、よろしいですか?」
「はい」
賢介は二つ折りの財布から七万円を渡し、釣りを受け取った。
「ありがとうございます。では、十分ほどでご案内できますので、右手奥の部屋でお待ちください」
平日の昼間ということもあり、待合室には賢介しかいなかった。そこにあった週刊誌を読み始めると、五分もしないうちに、先ほどの黒服が迎えに来た。
「お待たせしました。奥のカーテンからお入りください」
言われるままに進むと、スリットの大きく開いたチャイナ服を着たソープ嬢が現れた。
「いらっしゃいませ。綾香です」
目が合っただけで鼓動が速くなった。賢介がリクエストした条件をほぼ充たしている。まるでグラビアタレントだ。一瞬、テレビで見たことのある気がしたが、勘違いだろう。
賢介は綾香に浴室のある個室へと手を引かれていった。手の握り具合が強くなく、弱くなく、なんとも気持ちがいい。それだけで、賢介の下半身が反応してきた。
部屋に入ると、すぐにすべての服を脱がされ、賢介はうろたえる。しかし、綾香はためらいもせず、シャワーも浴びていない賢介のものを口に含んだ。すでに血行がよくなっていたものはあっという間に最大値に達し、最後まで力を失うことはなかった。
店を出てすぐに賢介が携帯電話で近藤に電話をすると、ワンコールもしないうちに声がした。
「どうだった?」
「問題なかった」
「そうか!」
こういう時、近藤は自分のことであるかのように喜ぶ。
「ほっとしたよ」
「ということは、だめだったのは石神に問題があるわけではなくて、アニメ嬢との相性がよくないということになる」
「そう思うか?」
「そりゃそうだろう。彼女とはもう会うな。まただめだったら、さらに自信をなくす。カエサルの六万四千八百円も無駄金になる」
「ああ」
やはり、さやかとは縁がなかったということか。
「ところで、石神、カエサルはやっぱり噂通りアイドル級の女がいるのか?」
「近藤、行ったことあるんだろ?」
「実は、ない」
「えー、ないのか!?」
「ない」
「行ったことないのに、オレに勧めたのか?」
「すまん」
無責任だと思ったが、憎めない男だ。
「すごかったよ。雑誌のカラーグラビアに登場するレベルの女の子で、オレは三秒で自分の最大値になった」
「石神、今度一緒に行こう!」
「なんで連れ立ってソープに行かなくちゃいけないんだ?」
「理由なんていい。一緒に行こう!」
「近藤、お前は五人も彼女がいるのに、ソープにも行くのか?」
「彼女とソープは別腹だ」
この男はいつも楽しそうだ。
「ところで、石神、この機会に言うけれど、結婚相談所も、婚活パーティーも、もうやめたらどうだ」
「なんだよ急に」
「一番好きな女だけと会って、うまくいこうがふられようが、その一人と関係を深める努力をしたほうがいいとオレは思う」
真剣な声で説く。
「複数の女に目移りしているから、手も出していない女にブランドものの服なんか買わされるんだよ」
「一人にしぼるとしたら、誰がいいのかな。オレ、自分にはどんな女が合うのか、どんな女ならばオレを受け入れてくれるのか、わからないんだ」
「誰でもいいじゃないか」
「誰でもいい?」
「理想の相手なんて、きっといない。だって、石神、お前もオレも五十だぜ。好きなものも嫌いなものもはっきりわかっているだろ。それはもう変わらない。価値観がぴったりはまる相手なんていないよ。同級生や社内恋愛だと、付き合う時点ですでにおたがいに共感があるだろ。でも、婚活は違う。お前の話を聞いてわかったけれど、スタートの時点で相手の気持ちと向き合っていないよな」
「交際や結婚を意識しているのに、その相手のことはネット画面に書かれたプロフィールしかわからないからな」
「そもそもプロフィールだって嘘が混じっているかもしれないだろ。自分自身で手に入れた情報が何もないのに付き合おうとするから発展しない。うまくいくわけがないよ。だから、次から次へと新しい相手を探さなくちゃいけなくなる。一人にしぼって時間をかけてみろよ。それでだめだったら、また見合いでもパーティーでも行けばいい」
エレベーターが開くと目の前が受付で、黒服の男が座っていた。近藤によると、写真指名はできないらしい。自分の好みを伝え、女性のセレクトは店に任せるしかない。
賢介は思いつくすべての希望を伝えた。
「ウエストが細くて、バストが大きくて前を向いていて、お尻も張っている女性をお願いします。目は大きくて、髪はできれば長いほうがうれしいですけれど、ショートでもかまいません。年齢は……できるだけ若い人でお願いします」
受付の男がかすかに笑った気がした。
「かしこまりました。私どもの店は九十分六万四千八百円のコースのみですが、よろしいですか?」
「はい」
賢介は二つ折りの財布から七万円を渡し、釣りを受け取った。
「ありがとうございます。では、十分ほどでご案内できますので、右手奥の部屋でお待ちください」
平日の昼間ということもあり、待合室には賢介しかいなかった。そこにあった週刊誌を読み始めると、五分もしないうちに、先ほどの黒服が迎えに来た。
「お待たせしました。奥のカーテンからお入りください」
言われるままに進むと、スリットの大きく開いたチャイナ服を着たソープ嬢が現れた。
「いらっしゃいませ。綾香です」
目が合っただけで鼓動が速くなった。賢介がリクエストした条件をほぼ充たしている。まるでグラビアタレントだ。一瞬、テレビで見たことのある気がしたが、勘違いだろう。
賢介は綾香に浴室のある個室へと手を引かれていった。手の握り具合が強くなく、弱くなく、なんとも気持ちがいい。それだけで、賢介の下半身が反応してきた。
部屋に入ると、すぐにすべての服を脱がされ、賢介はうろたえる。しかし、綾香はためらいもせず、シャワーも浴びていない賢介のものを口に含んだ。すでに血行がよくなっていたものはあっという間に最大値に達し、最後まで力を失うことはなかった。
店を出てすぐに賢介が携帯電話で近藤に電話をすると、ワンコールもしないうちに声がした。
「どうだった?」
「問題なかった」
「そうか!」
こういう時、近藤は自分のことであるかのように喜ぶ。
「ほっとしたよ」
「ということは、だめだったのは石神に問題があるわけではなくて、アニメ嬢との相性がよくないということになる」
「そう思うか?」
「そりゃそうだろう。彼女とはもう会うな。まただめだったら、さらに自信をなくす。カエサルの六万四千八百円も無駄金になる」
「ああ」
やはり、さやかとは縁がなかったということか。
「ところで、石神、カエサルはやっぱり噂通りアイドル級の女がいるのか?」
「近藤、行ったことあるんだろ?」
「実は、ない」
「えー、ないのか!?」
「ない」
「行ったことないのに、オレに勧めたのか?」
「すまん」
無責任だと思ったが、憎めない男だ。
「すごかったよ。雑誌のカラーグラビアに登場するレベルの女の子で、オレは三秒で自分の最大値になった」
「石神、今度一緒に行こう!」
「なんで連れ立ってソープに行かなくちゃいけないんだ?」
「理由なんていい。一緒に行こう!」
「近藤、お前は五人も彼女がいるのに、ソープにも行くのか?」
「彼女とソープは別腹だ」
この男はいつも楽しそうだ。
「ところで、石神、この機会に言うけれど、結婚相談所も、婚活パーティーも、もうやめたらどうだ」
「なんだよ急に」
「一番好きな女だけと会って、うまくいこうがふられようが、その一人と関係を深める努力をしたほうがいいとオレは思う」
真剣な声で説く。
「複数の女に目移りしているから、手も出していない女にブランドものの服なんか買わされるんだよ」
「一人にしぼるとしたら、誰がいいのかな。オレ、自分にはどんな女が合うのか、どんな女ならばオレを受け入れてくれるのか、わからないんだ」
「誰でもいいじゃないか」
「誰でもいい?」
「理想の相手なんて、きっといない。だって、石神、お前もオレも五十だぜ。好きなものも嫌いなものもはっきりわかっているだろ。それはもう変わらない。価値観がぴったりはまる相手なんていないよ。同級生や社内恋愛だと、付き合う時点ですでにおたがいに共感があるだろ。でも、婚活は違う。お前の話を聞いてわかったけれど、スタートの時点で相手の気持ちと向き合っていないよな」
「交際や結婚を意識しているのに、その相手のことはネット画面に書かれたプロフィールしかわからないからな」
「そもそもプロフィールだって嘘が混じっているかもしれないだろ。自分自身で手に入れた情報が何もないのに付き合おうとするから発展しない。うまくいくわけがないよ。だから、次から次へと新しい相手を探さなくちゃいけなくなる。一人にしぼって時間をかけてみろよ。それでだめだったら、また見合いでもパーティーでも行けばいい」