二十人の女性参加者は、会社員と派遣社員が多かった。そのほかに、看護師が四人と保育士が三人いた。二十人のうち三人も四人も特定の職業がいるというのは、極端に多い。病院のナースステーションや保育園は女性ばかりで、交際相手を見つけるチャンスが少ないのだろう。
「さて、いよいよ、後半のフリータイムです。ここからが本番と思ってください。皆さま、気になるお相手に積極的に話しかけて、会話をお楽しみください。会話時間は、お一人につき三分です。三分が経過したら、私が合図をします。速やかにお相手をシャッフルしてください。会話は計五回行います。その五回で、お気に入りの相手を見つけてください。なお、同じ相手との複数回の会話は禁止です。お気に入りの一人を独占するかたを見かけたら退場していただきます」
 それまでよりもさらに力強く二階堂が説明をする。小学校の運動会で最後の種目のリレーが始まる前の緊張感を賢介は思い出した。
「では、フリータイム、スタート!」
 二階堂が開始を宣言すると、それまで自分の席でじっとしていた男性たちがものすごい勢いで立ち上がり、目当ての女性の前に向かっていった。
 賢介の目の前にいる佐藤あゆみはかなりの人気らしい。賢介が立ち上がった席を求めて、三人の男が殺到した。まるで椅子取りゲームだ。体にぴちぴちにフィットする白いホリスターのポロシャツを着た筋肉質の男がその場所を奪取した。しかし、彼はフェアではない。そこに座る一瞬前、競合する眼鏡をかけた細身の男を手で突いたのを賢介は見た。
 お見合いパーティーは戦場だ。ホリスター男のように突き飛ばす男はほかにはいないが、会場のあちこちで争いが起きていた。沙紀の席を見ると、彼女の前の席に同着した四人が、会話の権利をめぐってじゃんけんをしていた。その様子を見て沙紀が目を細めている。
お見合いパーティーの会場では、人気のある数人の女性に複数の男が集中する。競争に敗れた男たちは、露骨に落胆の表情を見せ、しかし、次の瞬間には自分がいる場所から接近可能な新しいターゲットへ向かっていく。雄の本能まる出しである。
こんなに積極的な男たちが日常生活でパートナーを見つけられないのが不思議だ。ふだん、よほど女性がいない環境で暮らしているのか。あるいは、すでに恋人がいて、ナンパ目的で参加しているのか。
 一方、不人気な女性参加者は痛々しい。男性参加者のファーストコンタクトの波が引け、敗者が自分のもとを訪れるのを待つ。そのタイミングで誰も来ないと、下を向き、黙って座っているしかない。参加者は男女同数なので、全員が会話できる計算になる。しかし、第一希望の女性と会話するチャンスを逃し、二人目も逃した男は、さらに別の女性を目指すことはしない。次のシャッフルに備えトイレに行くか、会場のすみで体を休めている。ルール上は女も自分から積極的に気に入った男のところへ行けることになっている。しかし動く女性はいない。
 このような戦場で賢介は周囲の勢いに圧倒されて、迷子になった幼児のようにその場に立っていた。

 お見合いパーティー終了後、賢介は数寄屋橋の交差点方向へ、疲労した体を引きずって歩いていた。婚活パーティーとはこんなにも疲れるものなのか。大切な一人と出会えればいいだけなのに、女性参加者全員に好かれようというあさましさでフルタイム頑張り続け、気力も体力も消耗した。
 結局収穫はなかった。気になった女性は何人かいたが、後半のフリータイムでその誰とも会話ができなかったのだ。
賢介が魅力を感じた女性は、ほかの男性参加者からも人気があった。なのでシャッフルの度に競争になる。その椅子取りゲームに、賢介は敗れ続けた。
パーティーの終了間際に気づいたが、常連らしい男たちは慣れていて、ポジション取りがうまい。シャッフルの時間が近づくと、目当ての女性の前に早く行かれるように、接近しているのだ。隣の女性と話していて、司会者のシャッフルの合図と同時に真横の席からすっとスライドする男もいる。お見合いパーティーにも熟練者だからこそのテクニックがあるのだ。その結果、賢介は競合者のいない自己紹介の時にもあまり印象の残らなかった女性とばかり会話をした。

 数寄屋橋交差点にある地下鉄の入口に入ろうとすると、携帯電話がショートメールを受信した。沙紀からである。
〈石神君、どうだった? 見たと思うけど、沙紀ちゃんはモテモテでした。今、沙紀ちゃんを口説きまくってきた三十七歳の広告代理店の人とお茶してまーす!〉
 広告代理店の男がトイレにでも立ったすきにメールをしているのだろう。
〈僕はまったく成果なしです。沙紀さんが選んだ男性、Sの気配は?〉
 賢介はそうレスポンスした。
〈わかりませーん。フィーリングが合ったら、今夜さっそく阿佐谷に拉致して試食してみるかな〉
 賢介は見知らぬ広告マンの健闘を祈った。
それにしても、沙紀はタフだ。婚活への気迫と集中力が賢介とは比べものにならない。