「お母さん、本当は雨女なのに、いい加減ちゃんとしないと風邪ひくよ?」

そう言って息子が差し出す桃色の傘を受け取った。

ーーああ、そうか。私の傘はここにあったんだ。

夫が遺した忘れ形見の一人息子。

あの人が居なくなってから、ずっと心は濡れたままだと思っていたけれど、私は晴人の存在に何とか雨風を凌いで生きてきたんだ。

不意に鼻の奥がツンと痛くなり、慌てて洟をすするが、目の端から涙が滲み出た。

「お母さん泣いてるの?」

「……うん。晴人が来てくれたから嬉しくて」

「大袈裟だなー」

言いながらも、晴人は少し嬉しそうだ。

「お腹空いたし、帰ろっか?」

傘を差して息子と二人で歩き出し、ふと黒い雨雲から差す一筋の光が視界を横切った。

空から今でも見守ってくれているだろう夫に誓う。

これからは私が家族を守る傘になろう、と。

帰る道すがら、水色の長靴で雨粒を跳ね、晴人が得意げに言った。

「今度のお母さんの誕生日、折り畳み傘買ってあげるね」と。


ー了ー