でも、どうして代わりに受け取った証書を宮川来真に渡さなかったのだろうか?
事件以降会ってはいないのか?それならいいんだけど…。
でも…ただ単に宮川来真が小学校時代を思い出したくなくてお兄ちゃんから受け取りを拒否している可能性もあるのだろうか?
事件当時生まれていなかった私には何もわからないが、もしお兄ちゃんの友達の宮川来真さんと、四季山小児童殺人事件の犯人の宮川来真が同一人物なら、私はお兄ちゃんに元犯罪少年との縁を切るように言わなければいけない。
私は自室を出ると、隣のお兄ちゃんの部屋をノックした。
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あの後、私はお兄ちゃんに事件の話をして、もしお兄ちゃんの友達があの元犯罪少年で今でも関わりがあるのなら縁を切ってほしい。
お兄ちゃんが危険な目に遭うかもしれないと思うと怖い。と頼んだ。
しかし、お兄ちゃんは笑いながら否定した。
『へえー。同い年で同姓同名って…そんな事あるんだな。でもサユ、俺の友達のライマは亡くなったんだよ。死んだ子が殺人なんか出来っこないよ。俺のこと心配してくれてありがとな。』
お兄ちゃんから直接そう聞いて一時は安心した私だったが、夜、トイレに行きたくなり起きた時、ゴミの古新聞と一緒に置いてあったあの卒業証書が目に付いた。
筒から取り出してもう一度見てみたのだが、最後の一行にしっかりと書かれていた。『四季山小学校』と。
やっぱり殺人犯の宮川来真はお兄ちゃんの友達だったんだ…
私はショックだった。
朝起きてすぐ、お兄ちゃんに昨日のことをもう一度聞こうとしたが、お兄ちゃんは朝早くから仕事に行ってしまっていた。
ああ…早く帰りたいな…
帰ってお兄ちゃんにきちんと言わなきゃ。
もうこれ以上犯罪犯した人と付き合わないでって…
お兄ちゃんのことを気掛かりに思いながら、私は教室の戸を開けた。
「リサおはよ!」
いつも通りリサに挨拶をする。
しかし、いつもなら笑顔で挨拶を返してくれるリサは、なぜか私の顔を見て気まずそうに目を逸らした。
「…?あ、カリナ、シュリ、おはよ…」
今度は今教室に入ってきたカリナとシュリに挨拶した。しかし、2人もリサと同じように、私を無視した。
「…あの、私、何かした?ねえ、リサ?…カリナ?シュリ?」
戸惑う私を無視し続ける3人。
すると、
「うっわぁかわいそー中橋さん達。あんな奴に絡まれてさ。」
クラスメートの女子がいきなりそう言って私を睨みつけた。
「…なんでそんなこと言うの?私はリサ達の友達だよ?そのこと知ってるよね?」
私がそう言い返すと、その女子生徒はチッと舌打ちをした。
「友達って…あんた、よくそんなこと軽々しく言えるよね。中橋さん達の顔に泥塗ってるようなもんじゃん?」
「は…?何それ…意味わかんない…」
支離滅裂な悪口を言うクラスメートに、私は怒鳴りたいのを我慢する。
「うっわあ…自覚無いとか一番タチ悪いわ。…まあいいわ。わかんないなら教えてあげる。
あのさあ、昨日先生が言ってた事件の9歳の殺人犯、あれ、あんたの兄貴だから。」
……え?
クラスメートの発言を理解できずに硬直する私。
そんな私に構わず、彼女は言葉を続けた。
「あのあとさぁ、事件の事気になって調べてみたんだよねぇ。そしたら出てきたの。犯人の本名は『宮川来真』だってね。」
彼女のその発言に私は思わずビクッと震えた。しかし、私は負けじと反論する。
「何それ意味不明。私のお兄ちゃんは『一ノ瀬 響眞』だよ?なんでそうなるわけ?」
私は強くそう言ったが、彼女は私を鼻で笑った。
「そんなの改名したに決まってんじゃん。…私の親戚にさぁ、施設を出た後の宮川来真と同級生だった人がいるんだけど、これ見てよ。宮川来真…ううん、あんたの兄貴の一ノ瀬響眞が中1の頃の写真。」
そう言いながら彼女は私に一冊の中学の卒業アルバムを見せてきた。
そして、そこに写っている1人の少年を指差した。
授業風景を撮ったであろうその写真の中で、その少年は他の生徒たちと同じように黒板を見ていた。
「これが…お兄ちゃん?」
私が尋ねると彼女はそうだよと面倒くさそうに言い、アルバムのページをめくった。
「ほら、これが多分中3の時に撮ったやつ」
一人一人のバストアップの写真が乗せられたページを開き、彼女はお兄ちゃんの写真を指差した。
『一ノ瀬響眞』
間違いなくお兄ちゃんの写真だ。
初めて見る中学生の頃のお兄ちゃんの写真。
思えば、私がいくらお母さんに「お兄ちゃんの小さい頃の写真ってある?」と聞いても、「出すのが大変だからまた今度ね」と誤魔化されていて、私は高校生以上のお兄ちゃんの写真しか見たことがなかった。
お兄ちゃんが中3の時私は生まれていたが、3歳の頃の記憶なんてほぼ無い。
「で、これが、事件当時ネットに流出した宮川来真の写真だよ。」
彼女は卒業アルバムのお兄ちゃんの写真の隣にスマホを並べた。
スマホの画面に映し出された『宮川来真』の写真。
卒アルに写るお兄ちゃんにそっくりな彼……。
私は言葉を失い、ただぼーっと2つの写真を眺めていた。
「分かった?あんたは、殺人犯の妹なんだよ。」
近くに居るはずの彼女の声が妙に遠く聞こえた。
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その日、私はリサたちを含む全てのクラスメートに無視され、私が殺人犯の家族だという噂はあっという間に学校中に広まり、昼休みには他クラスの人間や知らない先輩まで、廊下ですれ違った私を汚い物を見るような目で見てくるようになった。
私はそんな学校に一分一秒でも長く居たくなくて、学校が終わるとすぐに教室を飛び出した。
嘘だよね…お兄ちゃん…
あの人は…宮川来真はお兄ちゃんの友達なんだよね?お兄ちゃんじゃないよね?
世界には顔の似た人が3人居るっていうもん…
お兄ちゃんは一ノ瀬響眞だよね?そうだよね?宮川来真じゃ…人殺しなんかじゃないよね?!
涙と吐き気を堪えながら、私はなんとか家のすぐ側にたどり着いた。
しかし、家の前には何故か沢山の人が集まっていて、家の壁にはペンキか何かで落書きがされていた。
『人殺し』
『犯罪少年死ね』
『少年法に守られたゴミ』
心無い落書きの数々に言葉を失う私。
すると、家の前の人混みから、私の存在に気が付いた1人の人間が私の側へ駆け寄ってきた。
「君、もしかして一ノ瀬響眞さんの妹さん?僕はこういうものなんだけど、ちょっとお話聞かせてくれないかな?」
そう言ってその男は私に名刺を差し出した。
私がどうすればいいかわからず戸惑っていると、
「え?!加害者の少年の妹?!嘘?!」
「あの!私、週刊星月の長塚と申します!お兄さんについてお聞かせ頂けますでしょうか?」
家の前に集まっていた人々が次々と私の所に押し寄せた。
「お兄さんが起こした事件についてご存知ですか?!」
「お兄さんが殺害した田崎さん、石江さん、鷹峯さんについてどう思われてますか?」
「お兄さんはあなたに対しても被害者にしたような残酷な仕打ちをしようとしたことがあるのでしょうか?」
「お兄さんはいつ帰ってこられますかね?!」
私を囲んで次々と質問を浴びせる記者達。
私が顔を伏せ、耳を塞ごうとした時、
「すみません。人の家の前で騒がないで頂けますか?」
振り向くと、そこにはいつも通りのスーツ姿のお兄ちゃんがこっちを見ながら立っていた。
お兄ちゃんの一言で記者達は一瞬で静かになった。
「ほら、家入ろ。」
お兄ちゃんは私にいつもと変わらない笑顔を向けると、私の手を優しく掴んだ。
「…い、一ノ瀬響眞さんですよね?!15年前の事件について一言!」
お兄ちゃんを見て驚いた顔をして固まっていた記者達が、やがてまた私たちにつきまとってきた。
お兄ちゃんは私と繋いでいた手を離し、私を守るようにすっと私の肩に腕を回した。
「ご遺族の方はあなたからの謝罪などが一切無いとの事ですがその点に関してお聞かせ下さい!」
「罪の意識はあるのでしょうか?」
「何故9歳のあなたはあんな事件を起こしたのだと思いますか?」
「人を3人も殺したというのに謝罪もなしですか?!」
マイクやカメラを向けられながら、私達は何とか家に入ることができた。
しかし、ドアを閉めて鍵を掛けてからも、外からの声やシャッター音は鳴り止まなかった。
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