私の知らない私の家族

家族の為にいつも働いてくれて、休日は一緒にゲームをして遊んでくれる優しいお父さん。
いつも美味しいご飯を作ってくれる、おかし作りも上手な自慢のお母さん。
そして、どんな時でも私の味方でいてくれる優しくてかっこいい大好きなお兄ちゃん。

私は本当に家族に恵まれている。
こんな円満な家庭で毎日平穏に楽しく暮らせて、私は本当に幸せ者だ。
このままずっとみんなで仲良く暮らしたい。
この幸せさえあれば他に何も望まない。

…と、思っていたのに。

私のそんなささやかな夢は、ある日突然打ち砕かれた。
一ノ瀬 咲夢(イチノセ サユ)。中学1年生。どこにでもいるような平凡な女子中学生である私は今日、家で友達とテスト勉強をしている。

「ああーっ!疲れた!ねえリサ、この問題意味不明じゃない?」

私はさっきから苦戦している数学の問題を指差しながら、親友の中橋 莉冴(ナカハシ リサ)にテキストを見せた。

「えぇ?こんなの簡単じゃん。答えはAだよ。…てゆーかサユ、これがわからないとかテストやばいんじゃない?」

そう言って私をバカにしているようで心配してくれているリサ。
私は頬を膨らませた。

「大丈夫だもん!リサが頭良すぎるんだよ!…て、あれ?もうおやつないし!」

お菓子が入っていた皿を手探りした私はカラになった皿を見て言った。

「ちょっとリサ〜!おやつ食べ過ぎなんじゃない?」

「は?それはサユでしょ。ほら、テキストお菓子のカケラで汚れてるよ〜」

「うぐっ!こ、これは……」
私とリサがそんなやりとりをしていると、コンコンとドアがノックされた。
お母さんかな?と思った私はどうぞーと軽い口調で言った。

「サユ、勉強頑張ってるか?…あ、リサちゃんこんにちは。」

ドアが開いて入ってきたのはお母さんではなくお兄ちゃんだった。
片手にお菓子の入った皿を抱えている。
リサはお兄ちゃんに軽く会釈をすると、すぐに視線を私の方に戻した。

「!!お兄ちゃん、それ!それって私たちのおやつ?!」

私は立ち上がるとお兄ちゃんの側へ駆け寄った。

「そうそう。はいよ。」

お兄ちゃんから受け取ったお菓子は、お母さんの手作りのパウンドケーキだ。

「わーい!おやつだおやつ!ねえリサおやつだよ!」

「ちょ、サユ テンション高すぎ!お兄さんありがとうございます。」

「いえいえ。サユ、それ食べるなら勉強もしっかりやるようにって母さんが言ってたぞ。」

お兄ちゃんに言われてぎくっとした私は静かにはーいと呟いた。

「じゃあ、俺はこれで。」

そう言ってお兄ちゃんは出て行った。
「…サユのお兄さんて優しいね…」

お兄ちゃんがいなくなると、リサがポツリと呟いた。

「でしょ?暇な時とか結構一緒に遊んでくれるんだよ!今はテスト期間中だから無理だけど。」

私はドヤッと言わんばかりの顔で言った。

「お兄さん、12歳上だっけ?」

「そうそう。私が生まれた年の小6だからね。うちらの一回り上だよ!」

「…彼女さんとか…いるのかな?」

突然顔を赤くして視線も逸らすリサ。
私はえーと…と、少し困った顔をした。

「た、多分…今の所いないんじゃ…ないかなぁ?平日は仕事だし、休日は今日みたいに家にいること多いし?」

私が曖昧にそう答えると、リサは今度は瞳を輝かせて私を見つめた。

「ほんと?!…良かったぁ〜……!」

そんなリサのことを私がじーっとみつめていると、

「ご、ごめん!何でもないよ!あ、おばさんが作ってくれたケーキ食べたいなぁ…!」

と、リサは急に話を逸らした。
私がそうだね!と言うと、2人でパウンドケーキを食べ始めた。
私の友達がお兄ちゃんのことを好きになるのは珍しいことではない。
この前家に来たシュリも、その前に家に来たカリナも、お兄ちゃんの前では猫を被り、私と2人っきりに戻ると、『お兄さんて彼女いるの?』とか『お兄さん、年下の方が好きだよね?』とか、私に聞いても信憑性の無いことをバンバン聞いてくるのだ。
友人たちのそんな質問にどう答えるべきか私は毎回迷うのだが、優しくてかっこよくてみんなの憧れのお兄ちゃんは、私の自慢のお兄ちゃんだった。

「ケーキ美味しい〜。てゆかリサって、うちのお兄ちゃんのこと好きでしょ?」

私がからかうと、リサは飲みかけのジュースを吹きそうになった。

「そ、そんなことないよ!」

「え?嫌いなの?」

「そーじゃない!もうサユ!私からかうなら数学教えないよ!」

「すいませんでしたあーっ!」

大きな声で笑いながら私たちは再び勉強に取り掛かった。

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次の日、学校に行くとシュリがいきなり私の肩をポンと叩いてきた。

「サーユっ!ねえ、昨日私クッキー焼いたんだけど…」

そう言って手作りクッキーの入った袋を私に差し出したシュリ。
食べることが大好きな私はキラッと目を輝かせた。

「え?!くれるの?!」

しかし、

「違うよ!サユにじゃない!これは…その、…お兄さんに渡してくれないっっ?!」

シュリは目線をそらして顔を真っ赤にしながら私にそう言った。
私はため息をついて、分かったよ。と、袋を受け取った。

「ま、元気だしなよサユ!」

「そーだよ!お兄さんかっこいいもん。仕方ないよ!」

リサとカリナが苦笑いしながら私を慰める。

かっこいいお兄ちゃんを持つということは、自慢という特権と引き換えにこういうこともあるのだ。まあ、仕方ないんだけどね。

「あはは。一ノ瀬さんドンマイだね。」

「でも確かに一ノ瀬さんのお兄さんイケメンだよね。」

「うんうん!前にショッピングモールで一ノ瀬さんとお兄さんに会ったんだけど、声もかっこよかったよ!」

「えぇー?!喋ったの?羨ましい〜」

あまり話したことのないクラスの女子たちにも評判の私のお兄ちゃん、一ノ瀬 響眞(イチノセ キョウマ)は、学生時代は成績優秀でスポーツ万能。今は立派な社会人。
それに、妹の私にすごく優しくしてくれる。
お兄ちゃんの妹だということで、人見知りな私もクラスで浮いたことはない。

本当に毎日が幸せだった。

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ある日、私は学校から帰り、リビングでテレビを見ていた。
しかし、リアルタイムでやっていた番組がどれも面白くなくて、ビデオを見ようと棚を漁った。
普段はあまりDVDを観ないし、観るとしても家族で見る時にお父さんがセッティングしてくれるので私自身はこの棚を触ることはほぼ無かった。

私はどれを見ようか決めて、棚からそのDVDケースを抜き取った。
すると、私がDVDを抜いた隙間から何かが見えた。

何だろう…?

少し気になった私はDVDを全て避けて、『それ』を取り出した。

…何かの筒だ。

クルッと回してみると、『卒業証書』と書かれていた。私のものではない。となるとお兄ちゃんのものだろうか。
私は筒の中の証書を丁寧に取り出した。