はい、こちらはハルヤマ動物園です。名物のトビのフリーフライトは本日も皆を魅了しています。私の隣には河合君がいます。私に何が起きたのでしょう?

 全国選抜大会を終えた河合君から地下鉄の駅に呼び出されたのは、春休み後半の朝だった。

 リストバンドをお返しするのに駅? と訝りつつ出向いたら、そこには河合君と、何故か大澤君の姿も。動揺していたらあの美少女の彼女さんまで合流し、更にパニクる私。

「動物園の入場券が四枚あるから」
 河合君は笑顔でそう言うと、私にこっそり耳打ちする。
「それに岩野田さん、大澤を観察するの好きでしょう」
 イタズラ大好き!って顔をする。

 でも待って待って。これってダブルナントカみたいじゃない? 
「なんで私が大澤君を観察してたの知ってるの?」
「そんなこと」
 河合君はお目目をキラッとさせた。
「見てればわかるよ」
そう言って笑った。

 日々の生活に恥じる事はないけれど……オノレの嗜好を見透かされて顔が赤くなった。なんで見ていたのかな……。


 でもでもとっても楽しかった。動物園も勿論だけど、大澤君の観察はサイッコーに楽しかった!

 だってアリーナ席でずっと大澤君カップルを見られるなんて。しかも河合君の解説付だなんて。もう可笑しくて楽しくて、ずっと河合君の隣で笑ってた。

 大澤君は典型的なツンデレさんだった。学校ではドーベルマンとオオカミの掛け合わせみたいな風貌なのに、彼女さんの前では躾の足りないラブラドールみたいに可愛いワンコちゃんなんだ。

 彼女さんが大澤君の地元の友達のお姉さんで、四つも年上だとか。デートが月に一回出来るか出来ないかで、出かける前はいつも「今日こそオレは棄てられるんじゃないか」とビクビクして萎縮三昧だとか。

「アイツ、この件に関しては恐ろしくヘタレだよ」
 河合君は心底可笑しそうに笑って言う。
「でもこんな話、岩野田さんにしか言わないから。内緒ね」
 ハイ、了解。
 でも今日私がずっと、河合君の隣にくっついて歩いている事も、みんなには内緒。肩が触れ合ったのも内緒。

 彼女さんの名はミヤコさんといった。
「私達の名前、似てるね」
 私はみかこ。名前だけはそっくりだ。
「私もミヤコさんみたく可愛くなりたいな」
 思わず言ったら、
「あれ? 河合君は氷川中で一番可愛いのはみかこちゃんだって言ってたけど」
 極上の笑顔で返された。

 内面まで完璧な美少女ぶりに思わず赤面。大澤君も溶けるよね……じゃなくて。
 ええと、ミヤコさん、今、なんて?


 動物園の奥には爬虫類館がある。散々歩き疲れたけれど、コモドオオトカゲを見たい男子チームに、私達はこわごわついていく。

 落とした照明とムワッとした亜熱帯の空気がちょっと不気味っぽくて異空間で怖い。しかもさっきから大澤君達が甘すぎなので、私達は距離をとる。

「イチャイチャはもうご勘弁。チューなんか見たくなくね?」
 河合君の読みはかなり正しい。
「実は私、さっきもその角で」と告発したら、「それは災難」と、察しよく気の毒がられた。

 展示室の中央には白い大きなヘビさんがいた。目と舌がルビー色で、元気にニョロニョロ動く。

「あ、この子は怖くない」
「ホントだ。なんか可愛い」
 大澤君達はまた行方不明だけど、もう気にしない。
「ここにいるとハリーポッターだね」
「でもガラスがなくなったら困るよ」
「魔法使いにはなりたいけどね」
「あ、魔法で思い出した」

 忘れるところだった。ジンクスのリストバンドを鞄から出した。
「どうもありがとう。助かりました」
 返そうとしても受け取らないんだ。なんで?
「河合君?」
 そうしたら、ひどく早口で言うんだ。
「よかったら持ってて」
 そうして慌ててヘビさんを見るフリをする。
「オレ、次は四番もらうから」
 四番。河合君の、次期キャプテン候補の噂を思い出した。

 横顔を見た。綺麗なオデコで賢そうで。それから、頰が赤くなっている。
 でも多分、私も真っ赤だ。
 だって氷川のリストバンドにはもうひとつお話がある。
 昨年度のをもらう事は、カノジョの証なんだ。

「私、もう高校だよ」
「大澤達のコト見てきてるから、出来ると思う」
 河合君が、私にリストバンドをはめながら言う。
 それからちょっと考えて、付け加えるんだ。
「続くよ。きっと」

 だからドキドキで聞いてみる。
「去年、夏休みの当番、来てた?」
「うん、一回だけ」
 小柄な男の子が「大丈夫ですか」と聞いてくれたのを思い出した。


 白いヘビさんがよかったね、と言った。ヘビ語、わかんないけどね。




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