サンテンゴバイ。
なんの呪い? なんのマジナイ? 目の前が真っ暗になってきた。
「今年度さ、上位レベルの高校が軒並み定員削減してきたよね」
おなじみ山根の分析。ずるずるとヒエラルキーの下に庶民は流れ、結果……。
「かなりの子達が専科に流れたらしいね」
ナニソレ辞めて!
その道は最初から希望していたヒトに譲ってよ!
福田の志望校の倍率は一・三倍、山根は一・二倍だ。二人は私に哀れみの視線を向ける。
だけど倍率が高いのは有り得る話だ。
氷川商は昔から体育会系部活や検定コンクールの武勇伝が多い。有名大学の学校推薦枠も沢山あって、文系受験では近隣の普通高校より強いと評判。それで実は私も、将来もしかしたら、って……やっぱりどこかで夢見てしまう。
職員室の前に張り出された倍率表を三人で見つめる。でもどれだけ見ても数字は減らない。
「どうしたらいいんだろ私?」
二人は何も答えない。そりゃそうだ、今のは愚痴だもの。
「ごめん、こんな事。答えようがないよね」
「……」
「自分で踏ん張るしかないよね」
「……」
「うん、そうだな、自分でやるんだよな」
「……」
「お互いがんばろうね」
「はい」
あれ、声が違う。隣の二人を見た。そしたら、二人は知らない間に遠くに離れていた。他にも階段の壁側で何人も息を潜めている気配がする。何このシチュエーション、どういうコト?
河合君が私の隣に立っているのは何故!?
唐突の展開に固まった。隣で見る河合君は思ったより小柄で、やだどうしよう、私の方が背が高い。
「高倍率で大変ですね」
話しかけられても動けない。
だって遠くに福田達、それからよく見ると、階段側に居るのはバスケ部だ。私が、私が見られる側に。慣れないよこのポジション!
疑問点そこじゃないんだけど。でも。
「ね、みんな見てるよ。何の罰ゲームに来たの?」
うっかりそのまま聞いてしまう。これはもう絶対何かの悪戯でしょう。
河合君が眉を八の字にして言う。
「罰ゲームじゃないです」
そして階段のほうを見て、ああ、と諦めの溜め息をつく。
「スミマセン。毎年恒例らしいんです。メンバーが渡す時はああするらしくて」
毎年恒例? 渡す? ああする?
「何を渡すの?」
「ええと、」
河合君がゴソゴソとポケットから何かを取り出した。
「これ」
氷川バスケ部の全国大会用のリストバンドだ。
HIKAWA 8 KAWAI
ちゃんと河合君の背番号と名前の入った、水色の。
「よかったら、持っていってください」
持って……ええ? いいのかな!?
これ、氷川中のジンクスだ。バスケ部のリストバンドを受験に持っていくと必ず合格するって、昔からの。みんな貸してもらいたくて、毎年争奪戦になるレアアイテム。
「借りてもいいの?」
「どうぞ。ホントは私立の時も貸したかったんだけど」
「わあ!」
すごく嬉しい! 心強い! だけどなんで?
「夏休みの、お詫びです」
夏休み?
「岩野田さんが、オレの花壇当番全部やってくれてました」
夏休みの美化当番。でも私は河合君の分をやった憶えがない。副委員長は毎日登校が当たり前だったので。河合君の当番は関係なく、そういう仕事だったので。
私のバカ! 河合君の事、マジで憶えてない!
「大澤のが借りれると良かったんだけど、アイツ絶対他人に貸さないし。オレのでスミマセン」
「え、なんで。なんで大澤君?」
「岩野田さん、大澤のファンだから」
河合君の言葉を聞いて胸が痛くなった。前期の河合君を憶えていない事とか、それから、確かに私は大澤君のファンだけど、でも今は、今は……。ああもう。なんか「私のバカ!」って気持ちになった。ばかばかばか。
「ありがとう。河合君の借してもらえて、めっちゃ嬉しい」
でもこれが私の精一杯の気持ち。今言えるのはこれだけでショボイ。
「みんなに羨ましがられるよ。本当にありがとう。美化委員やってよかった。全力で頑張れるよ」
一学期からやり直したい、ってすっごく後悔しながら伝えた。
「氷川商は母の母校なんです。難関突破、がんばってください」
河合君はそう言ってまたニコ、として去っていった。たたた、って足音が耳に残った。
(そうなんだ、氷川商、お母様の母校なんだ!)
落ち込みつつも観察グセは抜けないのが悲しいサガ。角を曲がった河合君は、待ち受けていた他の部員達から手荒く扱われていた気配がした。
福田と山根にもかなりイジられた。
「だからあ、私立入試前に河合君が美術室に来たって言ったでしょ」
ホント嬉しい。河合君、なんて律儀なんだろ。嬉しくって……寂しい。
入試まで後一週間。卒業式はその一週間後。悪あがきだけど精一杯やってみるよ。
その後は人生初の集中力で勉強した。質のいい睡眠も心掛けた。
質の良い睡眠のせいなのか、とある寒い日の朝方、夢の中の私は夏休みの美化清掃をしていた。随分リアルだったから、ただの記憶の巻き戻しかもしれないけど。
学校指定のジャージで暑い中水撒きをしていたら、何人かの一年が部活に遅れる事を気にしていた。厳しい事で有名な吹奏楽部とテニス部だった。
「いいよ。後はやっておくから、早く部活行きなよ」
そう言って帰す事が、私は時々あった。叱られると可哀想だから。
ついでに他の部活の子達も帰してしまったけれど、一人だけ一度、やたら私の作業の多さを気にしてくれたコが、いた気がする。
「いつも先輩ばっかり大変ですよ。大丈夫ですか?」
(小柄な男の子だったけど。あのコって河合君?)
目覚めた後、そのコの顔を思い出そうとした。でも夏の日差しと花壇のマリーゴールドとサルビアしか、どうしても浮かばなかった。
受験当日はよく晴れた。街中の雪と氷が、朝日でキラキラ光ってた。
お母さんが作ってくれたお弁当を鞄に入れて、河合君のリストバンドを左手に家を出る。
氷川商を受ける子はうちの中学からは四人。でもみんな違う科を受けるので、実質は個人戦だ。地下鉄の駅で福田と山根と待ち合わせて、お互いを励ましあって、それぞれの学校に向かった。
でもリストバンド、貸してもらえて助かった。ひとりでも全然寂しくない。
河合君の今までの事……氷川中の入学とか、一年からのレギュラー入り、全国大会の決勝までの激戦が思い巡る。バスケ部の気持ちに触れて、勇気とパワーがめっちゃ出る。ジンクスの訳がよくわかった。
今までの全部を思いながら試験問題を解いた。どんな結果が出ても後悔しない様に、精一杯したつもり。左手がずっと、暖かかった。
(だけどホントに私が借りてよかったのかな?)
帰り道に左手を見ながらつくづく思った。大澤君のファンなのがバレてるのも地味に辛い。
それに河合君の夏休みは殆ど部活で埋まる事も思い出した。練習と各予選試合からの全国大会。勝ち上がった分活動日程も延長で、美化当番なんて無理だった筈。
だから今朝の夢はやっぱりただの夢だね。夢と現実は分けようね。
さあ、今後も今まで通り、何事もなく無難に過ごそう。リストバンドの件はきっと神様からの応援。超難関の倍率を慰めてくれたんだ。
神様ありがとう! 出来たら合格もよろしくお願いします!
家に帰ってホッと一息ついて、いよいよ卒業の気分が盛り上がってきた。卒業式まで後一週間。これで中学生活終わり。
だけどまさかこんな土壇場で、こんな経験をするなんて思わなかった。モブとしてひたすら無難を目指した中学生活は、ラスト一週間で砕け散った。
一年女子ゴトキに呼び出されるとは、一体どういう了見でございましょう?
「先輩って河合君の何なんですかっ」
私を拉致ったのは可愛い声の二人組だった。
まさかそんな事がわが身に降りかかるなんて。もっとも河合君のリストバンドを借りたコトって、私には非常事態だけれども。
「私達の河合君をとらないでっ!」
(わあ、ホントにこういうセリフ言う子がいるんだ!)
違う所で感動する私。モノ珍しくてつい彼女達をしげしげと観察していたら、とうとう山根が私を救出に来た。
「アンタ達ナニ? 私達、これから卒業対策委員なんだけど」
山根の迫力に一年女子達は泣きながら去っていった。勿論、影では福田が笑い転げていた。全てがお芝居じみていて、モノ凄く面白かったんだって。
山口にもがっつりガンをとばされた。階段の踊り場ですれ違って、久し振りに校内で見たと思っていたら
「マジでアンタが河合君オトしたの?」
そうかましながら、私を上から下まで「ふうーん」って舐める様にジロジロと。
こちらも相変わらずのデカい態度に固まったら、
「だからいつも身綺麗にしろって言ってたのに」
だからって……だからってナニ? どういう意味なの? 山口、小三の時から全っ然変わってない。
とにかく話が大きくなっている。他の女の子達にもヒソヒソ睨まれ、ついでにちょくちょく絡まれて。リストバンドを借りただけなのに、「放流した稚魚が大きな鮭になりました」という噂の定義を、身をもって学ぶ羽目になった。
卒業式まで噂は残った。私は『河合君のリストバンドを持つオンナ』として全校から大注目。こんな疲労と緊張は初めてだ。
「最後までタノシー!」
「もっと寂しくしっとりと卒業式を迎えると思っていたのに!」
そう言って笑う福田と山根は、半分泣いてもいる。でもそれは私もだ。やっぱりこの三人での毎日は楽しかったもの。高校もホントは一緒に行きたかった。
「でも最後に岩野田に笑わせてもらえてよかった」
「さあ後ひと踏ん張り。ラストも派手にやらかしてね」
今日を逃したらもう河合君に会うチャンスもないので、冷やかす二人を睨みながらご本人を探す。
早く河合君にお返ししなきゃ。大事なリストバンド。
でも返せなかった。
人込みの中で河合君を見つけて、周囲の視線を感じながらバンド入りの紙袋を渡したら、
「発表が全部終わるまで持ってた方が良くないですか」
逆に心配され紙袋からまた出して、改めて「どうぞ」と渡された。
その紙袋に連絡先を書いてくれて、それも持たされた。
「結果はまた教えてください」
そう言いながら、
「あ、でもオレ、これから全国選抜でバタバタするんだ」
コレは使うんじゃないのと焦ったら、選抜のユニは氷川のじゃないから大丈夫だって。よかった。それからお互いの春休みの予定を聞いたり、聞かれたり、した。
細々とやり取りをしていたら、結構時間が過ぎていたみたい。
「岩野田ーまだー?」
とうとう福田達に呼ばれた。
河合君にあらためて「卒業おめでとうございます」と言われて、ちょっとジンとした。
「くそっ、仲いいじゃねーか」「笑えないじゃないか」
二人に嫉妬された。
でも、もう一回借りておいてよかった。私立は合格だった。でも公立は補欠合格の一番で、正式に決まったのが合格発表の二日後。ひとり家の転勤で欠員が出てギリギリセーフ。薄情な結果にならなくてよかった。
河合君!
リストバンド貸してくれて本当にありがとう!
「オレでジンクスが途切れなくてよかった」
連絡が来るまでかなり緊張したよ、そう河合君から、後で聞いた。
なんの呪い? なんのマジナイ? 目の前が真っ暗になってきた。
「今年度さ、上位レベルの高校が軒並み定員削減してきたよね」
おなじみ山根の分析。ずるずるとヒエラルキーの下に庶民は流れ、結果……。
「かなりの子達が専科に流れたらしいね」
ナニソレ辞めて!
その道は最初から希望していたヒトに譲ってよ!
福田の志望校の倍率は一・三倍、山根は一・二倍だ。二人は私に哀れみの視線を向ける。
だけど倍率が高いのは有り得る話だ。
氷川商は昔から体育会系部活や検定コンクールの武勇伝が多い。有名大学の学校推薦枠も沢山あって、文系受験では近隣の普通高校より強いと評判。それで実は私も、将来もしかしたら、って……やっぱりどこかで夢見てしまう。
職員室の前に張り出された倍率表を三人で見つめる。でもどれだけ見ても数字は減らない。
「どうしたらいいんだろ私?」
二人は何も答えない。そりゃそうだ、今のは愚痴だもの。
「ごめん、こんな事。答えようがないよね」
「……」
「自分で踏ん張るしかないよね」
「……」
「うん、そうだな、自分でやるんだよな」
「……」
「お互いがんばろうね」
「はい」
あれ、声が違う。隣の二人を見た。そしたら、二人は知らない間に遠くに離れていた。他にも階段の壁側で何人も息を潜めている気配がする。何このシチュエーション、どういうコト?
河合君が私の隣に立っているのは何故!?
唐突の展開に固まった。隣で見る河合君は思ったより小柄で、やだどうしよう、私の方が背が高い。
「高倍率で大変ですね」
話しかけられても動けない。
だって遠くに福田達、それからよく見ると、階段側に居るのはバスケ部だ。私が、私が見られる側に。慣れないよこのポジション!
疑問点そこじゃないんだけど。でも。
「ね、みんな見てるよ。何の罰ゲームに来たの?」
うっかりそのまま聞いてしまう。これはもう絶対何かの悪戯でしょう。
河合君が眉を八の字にして言う。
「罰ゲームじゃないです」
そして階段のほうを見て、ああ、と諦めの溜め息をつく。
「スミマセン。毎年恒例らしいんです。メンバーが渡す時はああするらしくて」
毎年恒例? 渡す? ああする?
「何を渡すの?」
「ええと、」
河合君がゴソゴソとポケットから何かを取り出した。
「これ」
氷川バスケ部の全国大会用のリストバンドだ。
HIKAWA 8 KAWAI
ちゃんと河合君の背番号と名前の入った、水色の。
「よかったら、持っていってください」
持って……ええ? いいのかな!?
これ、氷川中のジンクスだ。バスケ部のリストバンドを受験に持っていくと必ず合格するって、昔からの。みんな貸してもらいたくて、毎年争奪戦になるレアアイテム。
「借りてもいいの?」
「どうぞ。ホントは私立の時も貸したかったんだけど」
「わあ!」
すごく嬉しい! 心強い! だけどなんで?
「夏休みの、お詫びです」
夏休み?
「岩野田さんが、オレの花壇当番全部やってくれてました」
夏休みの美化当番。でも私は河合君の分をやった憶えがない。副委員長は毎日登校が当たり前だったので。河合君の当番は関係なく、そういう仕事だったので。
私のバカ! 河合君の事、マジで憶えてない!
「大澤のが借りれると良かったんだけど、アイツ絶対他人に貸さないし。オレのでスミマセン」
「え、なんで。なんで大澤君?」
「岩野田さん、大澤のファンだから」
河合君の言葉を聞いて胸が痛くなった。前期の河合君を憶えていない事とか、それから、確かに私は大澤君のファンだけど、でも今は、今は……。ああもう。なんか「私のバカ!」って気持ちになった。ばかばかばか。
「ありがとう。河合君の借してもらえて、めっちゃ嬉しい」
でもこれが私の精一杯の気持ち。今言えるのはこれだけでショボイ。
「みんなに羨ましがられるよ。本当にありがとう。美化委員やってよかった。全力で頑張れるよ」
一学期からやり直したい、ってすっごく後悔しながら伝えた。
「氷川商は母の母校なんです。難関突破、がんばってください」
河合君はそう言ってまたニコ、として去っていった。たたた、って足音が耳に残った。
(そうなんだ、氷川商、お母様の母校なんだ!)
落ち込みつつも観察グセは抜けないのが悲しいサガ。角を曲がった河合君は、待ち受けていた他の部員達から手荒く扱われていた気配がした。
福田と山根にもかなりイジられた。
「だからあ、私立入試前に河合君が美術室に来たって言ったでしょ」
ホント嬉しい。河合君、なんて律儀なんだろ。嬉しくって……寂しい。
入試まで後一週間。卒業式はその一週間後。悪あがきだけど精一杯やってみるよ。
その後は人生初の集中力で勉強した。質のいい睡眠も心掛けた。
質の良い睡眠のせいなのか、とある寒い日の朝方、夢の中の私は夏休みの美化清掃をしていた。随分リアルだったから、ただの記憶の巻き戻しかもしれないけど。
学校指定のジャージで暑い中水撒きをしていたら、何人かの一年が部活に遅れる事を気にしていた。厳しい事で有名な吹奏楽部とテニス部だった。
「いいよ。後はやっておくから、早く部活行きなよ」
そう言って帰す事が、私は時々あった。叱られると可哀想だから。
ついでに他の部活の子達も帰してしまったけれど、一人だけ一度、やたら私の作業の多さを気にしてくれたコが、いた気がする。
「いつも先輩ばっかり大変ですよ。大丈夫ですか?」
(小柄な男の子だったけど。あのコって河合君?)
目覚めた後、そのコの顔を思い出そうとした。でも夏の日差しと花壇のマリーゴールドとサルビアしか、どうしても浮かばなかった。
受験当日はよく晴れた。街中の雪と氷が、朝日でキラキラ光ってた。
お母さんが作ってくれたお弁当を鞄に入れて、河合君のリストバンドを左手に家を出る。
氷川商を受ける子はうちの中学からは四人。でもみんな違う科を受けるので、実質は個人戦だ。地下鉄の駅で福田と山根と待ち合わせて、お互いを励ましあって、それぞれの学校に向かった。
でもリストバンド、貸してもらえて助かった。ひとりでも全然寂しくない。
河合君の今までの事……氷川中の入学とか、一年からのレギュラー入り、全国大会の決勝までの激戦が思い巡る。バスケ部の気持ちに触れて、勇気とパワーがめっちゃ出る。ジンクスの訳がよくわかった。
今までの全部を思いながら試験問題を解いた。どんな結果が出ても後悔しない様に、精一杯したつもり。左手がずっと、暖かかった。
(だけどホントに私が借りてよかったのかな?)
帰り道に左手を見ながらつくづく思った。大澤君のファンなのがバレてるのも地味に辛い。
それに河合君の夏休みは殆ど部活で埋まる事も思い出した。練習と各予選試合からの全国大会。勝ち上がった分活動日程も延長で、美化当番なんて無理だった筈。
だから今朝の夢はやっぱりただの夢だね。夢と現実は分けようね。
さあ、今後も今まで通り、何事もなく無難に過ごそう。リストバンドの件はきっと神様からの応援。超難関の倍率を慰めてくれたんだ。
神様ありがとう! 出来たら合格もよろしくお願いします!
家に帰ってホッと一息ついて、いよいよ卒業の気分が盛り上がってきた。卒業式まで後一週間。これで中学生活終わり。
だけどまさかこんな土壇場で、こんな経験をするなんて思わなかった。モブとしてひたすら無難を目指した中学生活は、ラスト一週間で砕け散った。
一年女子ゴトキに呼び出されるとは、一体どういう了見でございましょう?
「先輩って河合君の何なんですかっ」
私を拉致ったのは可愛い声の二人組だった。
まさかそんな事がわが身に降りかかるなんて。もっとも河合君のリストバンドを借りたコトって、私には非常事態だけれども。
「私達の河合君をとらないでっ!」
(わあ、ホントにこういうセリフ言う子がいるんだ!)
違う所で感動する私。モノ珍しくてつい彼女達をしげしげと観察していたら、とうとう山根が私を救出に来た。
「アンタ達ナニ? 私達、これから卒業対策委員なんだけど」
山根の迫力に一年女子達は泣きながら去っていった。勿論、影では福田が笑い転げていた。全てがお芝居じみていて、モノ凄く面白かったんだって。
山口にもがっつりガンをとばされた。階段の踊り場ですれ違って、久し振りに校内で見たと思っていたら
「マジでアンタが河合君オトしたの?」
そうかましながら、私を上から下まで「ふうーん」って舐める様にジロジロと。
こちらも相変わらずのデカい態度に固まったら、
「だからいつも身綺麗にしろって言ってたのに」
だからって……だからってナニ? どういう意味なの? 山口、小三の時から全っ然変わってない。
とにかく話が大きくなっている。他の女の子達にもヒソヒソ睨まれ、ついでにちょくちょく絡まれて。リストバンドを借りただけなのに、「放流した稚魚が大きな鮭になりました」という噂の定義を、身をもって学ぶ羽目になった。
卒業式まで噂は残った。私は『河合君のリストバンドを持つオンナ』として全校から大注目。こんな疲労と緊張は初めてだ。
「最後までタノシー!」
「もっと寂しくしっとりと卒業式を迎えると思っていたのに!」
そう言って笑う福田と山根は、半分泣いてもいる。でもそれは私もだ。やっぱりこの三人での毎日は楽しかったもの。高校もホントは一緒に行きたかった。
「でも最後に岩野田に笑わせてもらえてよかった」
「さあ後ひと踏ん張り。ラストも派手にやらかしてね」
今日を逃したらもう河合君に会うチャンスもないので、冷やかす二人を睨みながらご本人を探す。
早く河合君にお返ししなきゃ。大事なリストバンド。
でも返せなかった。
人込みの中で河合君を見つけて、周囲の視線を感じながらバンド入りの紙袋を渡したら、
「発表が全部終わるまで持ってた方が良くないですか」
逆に心配され紙袋からまた出して、改めて「どうぞ」と渡された。
その紙袋に連絡先を書いてくれて、それも持たされた。
「結果はまた教えてください」
そう言いながら、
「あ、でもオレ、これから全国選抜でバタバタするんだ」
コレは使うんじゃないのと焦ったら、選抜のユニは氷川のじゃないから大丈夫だって。よかった。それからお互いの春休みの予定を聞いたり、聞かれたり、した。
細々とやり取りをしていたら、結構時間が過ぎていたみたい。
「岩野田ーまだー?」
とうとう福田達に呼ばれた。
河合君にあらためて「卒業おめでとうございます」と言われて、ちょっとジンとした。
「くそっ、仲いいじゃねーか」「笑えないじゃないか」
二人に嫉妬された。
でも、もう一回借りておいてよかった。私立は合格だった。でも公立は補欠合格の一番で、正式に決まったのが合格発表の二日後。ひとり家の転勤で欠員が出てギリギリセーフ。薄情な結果にならなくてよかった。
河合君!
リストバンド貸してくれて本当にありがとう!
「オレでジンクスが途切れなくてよかった」
連絡が来るまでかなり緊張したよ、そう河合君から、後で聞いた。