「1097。解くな?」
「0197。行くな?」
「0967。来るな?」

 三人で、ギャーと叫んだ。
 久し振りの美術室。それぞれの私立高入試が明日に迫り、受験票をいただいた私達。にしても全員ありえない受験番号なんですけど。

「神様から好かれてないのがよくわかった……」
「滑り止めを落ちるのは嫌だが最後に七を呼んだのが敗因だ」
「敗因じゃないー!」

 山根の分析に福田と二人で突っ込んだ。そう、まだ落ちてはいないし、絶対落ちたくなんかない。

「そういえば山口、白桜女子に学校推薦だって。公立受験は辞めたんだね」
 福田の情報に、私達は「ふうん」と返した。他に言いようがなかった。

 山口はその後もキッチリ不登校をしていた。でももう誰も大澤君が原因だとは思っていない。白桜女子は地域のお嬢様学校で、難関校のひとつだ。その推薦が通る山口は、やっぱり優秀。

 でも私達も自分のコトで精一杯。明日が私立受験、三週間後に公立受験。卒業式当日に私立の合格発表、次の日に公立の発表。ここまで来たら全力疾走と神頼みしかない。

 福田は結局、自分で決めた志望校を貫いた。毎日努力もしたから福田ママも折れたって。
 山根は最初から堅実にそつなく準備中。こういう人がいると集団は上手くおさまるんだ。
 私も少しずつ受け入れた。自分の身の丈にあった事をしようって、あの失敗から学んだ。痛い想いをして、やっと受け入れる気持ちになれた。今更だけどね。

 今年はバレンタインの友チョコも出来なかったし、流石にバスケ見学も中三生はお開きみたい。
「でもモテてたらしいよ。大澤君も河合君も」
「バスケは当然だよね」
 話しながらも二人は私をチラチラと見る。私の反応が鈍くなっているからだ。
 
 気を使わせるのが悪くて、先に席を立った。
「じゃあ、そろそろ帰るね」
 明日の私立入試、私の受ける学校は二人の受験校より遠いから。
「明日はお互いがんばろうね」
「あ、うん……」
 福田が何か言いたげだった。でも山根が「またね」と言った。
「私立済んだら、ね」

 帰り際、廊下にある美術や技術家庭の作品棚に目がいった。
 一年の棚の前では、河合君の作品を探すのが癖になっている。彼は器用で、どの作品もとても上手。それから大澤君と同じで、道具も丁寧に使う事にも気付いた。評判通りの素敵な子だ。

 私は寂しがっている。
 大澤君はどこにいても存在感が凄いけど、河合君はパッと見普通。だけど次期キャプテン候補で、大澤君も河合君の事は最初から一目置いているそう。
(凄いね。ただの小さな男の子じゃないんだね)

 ゆっくり階段を降りていたら、たたた、と、河合君の足音が聞こえたような気がした。
 やっぱ寂しい。なんか、悲しいなあ。




 私立受験がひと段落すると、三年の雰囲気が二通りになった。もう受験終了の子と、これから本番の公立組。クラスやグループによってはゴチャつく所もあるけれど、幸い私達三人は仲良くしている。後少しで本番だから、気が抜けないんだ。

「公立の受験番号はウンとハッピーなのがいいなあ」
 山根が呟いた。うんうんとうなずく福田と私。
「0114、いいよとか」
「0194、行くよとか」
「0514、来いよとか」
「きゃー、それいいな! 0514!」
「でもなんかヤラシイ意味にもとれるけど!」
 思いっきりゲラゲラ笑った。気分転換だ。箸が転がっても無理矢理笑う。

「来いよと言えば」
 不意に山根がつなげる。
「この間河合君が美術室に、来た」
「この間って?」
 ぼんやりした私に福田が教えてくれた。
「私立の前の日だよ」
 ああ、それなら私が二人より先に帰った日だ。
「河合君、また大澤君を探しに来たの?」
 私の声に二人が目を合わせる。
「大澤君? なんで?」
「だって河合君、何回か探しに来てたよ。前にもここで会ったことあるもの」
 そう言う私に山根が遠慮がちに聞いてきた。
「あのさ岩野田。なんかあった?」
「え?」
 福田もおずおずと聞いてきた。
「もう時効にさせて?」
「時効?」
「年末の山口騒動の時、岩野田、河合君と廊下で話してたでしょ。それから岩野田、元気なくしたからさ」
「気になっててさ、あの、その……」
 あの山根が言いにくそうだ。それって例の件だ。二人はとっくにお見通しだった。

 でも考えてみたら当然かも。あんなに派手な話、誰にも見られない筈がない。見守らせちゃってごめんね。二人に申し訳なくなった。


 やっとコトの顛末を話せて、同時になんかホッとした。
「岩野田おマヌケ!」
 そう笑ってくれると思っていたら、二人とも真面目な顔だった。恐る恐る彼女達の反応を待つ。この話って笑えない? 私やっぱ変だったよね。あのう……。
「ま、大丈夫じゃない?」
「河合君、前期美化委員だったそうだから」
 二人からいきなり意外な事を聞かされた。

「誰が?」
「河合君が」
「河合君が!?」
 私は唖然とする。
「岩野田、憶えてないんだね」
「半年間同じ委員会だったみたいだよ、キミ達」

 私は硬直した。美化委員の前期は死ぬほど忙しい。花壇整備。環境管理。体育祭と夏休み中の清掃、他もろもろ。委員長は評定狙いで立候補したけど全っ然使えなくて、結局仕事を熟知した私が走り回って終わった。正直、土埃にまみれた記憶しかない。あれ、河合君……あそこに居た?

「嘘、気付かなかった」
「やっぱそうか」
 福田は呟く。
「実は私達もなんだよ。大澤君は入学早々目立ってたけど、河合君は全国大会後のブレイクだったからね」
 山根も語る。
「年末にフリスペで他の子から聞いて、私達もビックリで。すぐ岩野田に聞きたかったけど、岩野田ずっと元気無いし。でもそんな話聞いた事ないから、これは憶えてないなって」
 うわあその通り……!

「だから河合君は岩野田を知ってるんだよ」
「美術室でもちょこちょこ会う羽目になって」
 二人ともクスクス笑う。ナンダナンダ?
「とにかく何も気にしなくていいよ」
 そうかなあ?
「山口の件も間違ってなかったと思うよ。私達もそこに居合わせたらそう提案したかも」
「それに河合君ならきっと誰から言われても断るよ。責任感強そうだもん」
 それは判らないけれど、二人が肯定してくれるのは私への気遣いだ。

「岩野田、まさか河合君の彼女狙いとか?」
 とんでもないそんな大それた事!
 ぶんぶんぶんと首を横に振ったら、また笑われた。
「ヘタレめ。野望も無いくせに何をそんなにカチカチしてんだ」
 妄想のなせる技だった、そういう事にしてくれたのだった。
「もうすぐガチ受験だよ。それ以外はマッタリいこう」



 でもその何日か後に、あの時の山口の気持ちを思い知らされる羽目になった。
 彼女が大澤君に取り乱してしまった衝動がよくわかった。なんだ、一緒だ。誰でも有り得るコトだ。よくわかったよ、ごめん山口。直接は言わないけどね。

 学校に救急車が来たら誰だって驚くでしょう?

 放課後三人で美術室にいたらいきなりサイレンの音がして、体育館脇に停まった。驚いて外を見たら、河合君が先生と一緒に乗車する所で。みんなで慌てて見にいった。

 恥ずかしながらその時浮かんだのがまたよくない想像で、トトロのさつきちゃんだった。
「お母さんが死んじゃったらどうしよう」
 そんな場面じゃないのに。河合君はストレッチャーどころか自力でスタスタ歩いて、誰が見ても大丈夫そうなのに。どうしようもない私。あの、本当に、お馬鹿なんだけど。

 今さら気付いた。私、もうすぐ卒業するんだ。河合君に会えなくなったらどうしよう。会えなくなっちゃったら。

 そうしたら泣けてきてしまった。どこのオトメだろ。嘘みたいにポロポロな私に、福田と山根が焦るやら驚くやら。でも一緒にいてくれて良かった。一人だったらもっと怪しかった。
 その時に思い知らされた。華やかな山口とは私の状況も行動もまるで違うけど、取り乱す気持ち、わかった。それから、自分の気持ちもわかった。

 福田と山根に羨ましがられた。
「マジボレいいなあ」
 そうかな、この時期にだよ? だから私「でも苦しいよ」って溢した。
「ナニ言ってんの。日々の彩りじゃん。中学生活、最後に潤ったじゃん」
「そうだよ。モブより全然上等だよ」
 そうかなあ。

 でもどうしようもない現実が残った。その、グチャグチャに泣いてる所、バスケ部の皆さんにがっつり見られてた。でもまさかそのせいなのかな、コレって。




「ほら、全然気のせいじゃないんだけど?」
「ドンマイ、気にすんな」

 それからというもの、めっちゃ見られる。めっちゃ笑われる。すれ違いザマにニヤニヤされる。こんな地味系な私が、あんなに目立つバスケ部の子達に!

「うわーん! やっぱなんか変!」
「何が、だから大丈夫だって」
「どこがよ!?」

 それに福田達も絶対、変。だって二人ともそう言いながら笑ってる。特に大澤君が私を認識しているのは何故? すれ違うたびに「お、この人だ」って感じ。何!? やっぱこの間泣いてたから?


 山根が聞いてきてくれた。この間の河合君は、持病の喘息が出たんだって。自分でちゃんと救急対応出来たらしいけど、初めて発作を見た父兄の人が慌てて救急車を呼んでしまったそう。やっぱりそれで大事を取って、病院にいったそう。

 河合君はちゃんと自分で判断して動けるんだ。小さい時から自分と向き合ってきたヒトだ。今までどんなに大変だったろう。

 あんまり私が落ち込んでいるものだから、二人は妙な情報を話し出した。
「なんかさ、河合君って、美術室が好きらしいよ」
「うん、去年大澤君にからかわれて怒ってたよね」
「え、そうなの?」
 驚く私。
「でも美術室なんて昔から誰も使わないよね」
「だから私達が入り浸ってたんだけどね」
 不安になる私。
「ねえ、河合君、美術室使いたかったとかじゃない?」
「は?」
「美術の課題があったとか……まさか私、邪魔してた?」
「え、いや、そうじゃなくて」
 福田が眉に皺を寄せた。
「……もう気にするな」
 山根が言い放った。
「ええ? だって、気になるよ。迷惑かけてたかもしれないじゃん」
「いや、もう、いい、なんでもない……」
 何でもなくないよ!

 いや、しかし私にはもっと大変な事がおきてしまった。受験生的に大ピンチ。

 公立一般試験の最終倍率発表。氷川商業情報処理科、三・五倍。
 さんてんごばい!!