模試帰り、恋人がサンタクロースな街並みをどんよりと歩く私達。雪景色にクリスマスカラーが華やかで、これが一層ココロに刺さる。寄り道してドーナツ食べよう。ワンクッションは大事だよね。

「今日の数学は難解すぎ。全体平均四割じゃない?」
「御学友の皆様は余裕で七割行くと思うよ」
 三人揃って机に突っ伏す。うちの中学は下手な塾よりレベルが高い。評定も獲り難くて、平凡な生徒には茨の道だ。

 そうは言っても、福田も山根も順調に積み重ねていると思う。ダメなのは私。ようやくお母さんが退院出来て、今まで緊張していた分ダレてしまった。それからうちの経済状態を考えると、やっぱり商業高校がベストみたい。みんなは普通科志望だから、疎外感は仕方ない。

「ねえ岩野田、聞いてる?」
「あ、うん、何?」
「山口、最近成績落ちてるって。アイツ小さい時からトップクラスなのに」
 意外な話に目がさめる。そうなんだ、と呟くと、福田が通りを指差した。
「噂をすれば何とやら、だね。ほら」
 ウインドウから見える歩道を一人で歩く山口発見。ツンツンしてるけどやっぱ綺麗。それに彼女は模試帰りに無駄な寄り道なんか一切しない。寄り道しない、けど……あれ? 
 今日は、ちょっと待って、あの、前を歩くのは、もしかして。

「大澤君!?」

 三人でガタッと席を立つ。私服だから気付かなかった。大澤君が誰かと一緒に歩いている。それを山口が……尾行中?

「ちょ、大澤君の隣、女の子だ!」
「誰だろう、まさか、例の地元の?」
 三人で小さくキャアと叫ぶ。私達も追いますよ。当然ね、勿論ね!


 で、すんごい可愛い。綺麗。大澤君の隣にいる女の子。漆黒の黒髪に色白ほっそり透明感、なのにメリハリはありそうな超絶アッパークラス美少女、大澤君が誰にも落ちない理由が丸わかりだった。

「素敵女子すぎる。オーラが有り過ぎる」
「彼女を間近で見たい。いや、床になりたい。思いっきり踏まれたい……」
「わーん、めっちゃ見ちゃう止まんない! 目が吸い寄せられてヤバい!」

 彼女さんはとにかくキラキラと眼福で、私達は全員溶けて昇天した。魂って簡単に抜けるよね。

「でも、大澤君の女の子の好みって王道スタンダードなんだね」
「ホントだ。全日本男児の欲望の直球ど真ん中過ぎて逆に微笑ましい」

 全員で激しく突っ込みクスクス笑った。清楚で可憐で、綺麗な映像の中にいそうな、なんていうか、青春の象徴っていうか。

「山口はショックだろうね」
「うん、ヤツは女王様系だから生き物的にまるで違う」

 草葉の陰、じゃなかった、大きな柱の影から駅のホームに向かう大澤君達を見守りながら、一人で素敵カップルを凝視する山口の事も気に留めた。何と言うか、痛々しい。

「ねえねえ、重そうな荷物、大澤君が持ってあげてるよ。やさしー」
「彼女さんとの身長差、結構あるよね。三十センチ以上?」
「遠恋って大変そう」

 大澤君達二人は改札を通る。入場券も買ってあったのかな、見送りも手馴れた気配。

「わ」「きゃ」「ひゃあ」

 瞬間、大澤君が彼女さんに素早く顔を寄せた。それから髪を撫でて頭をポンポンして、その後、めっちゃ見つめあった。

 モブ勢は声にならない叫び声をあげ、全員で身悶える。大好き同士なのが激しく判る。第三者にまで十二分に伝わるお互いへの分厚い信頼感。彼女さんは名残惜しそうに大澤君を見つめて……きっと涙ぐんでるでしょ!? なんて切ないの!?

「やーんラブラブ!」「羨ましすぎる!」「映画みたい!」

 三人で更にグネグネする。息も絶え絶え、ピンクのオーラで発狂しそう。とことん御目出度い私達。

「私ら、安っ」
「他人さまでこんなに幸せなキモチに……」
「いやーでもマジゴチでしたー!」

 ゲラゲラ笑った後、ハーッて盛大に溜息をついて、この幸せを胸に抱いたまま真っ直ぐ帰るコトになった。山口が泣いてたぽいのは全員で見ないフリ。武士の情けですよ。




 しかし担任は鞭を振る。じゃなかった、叱咤激励をくださる。
「もう本気出せよ」
 そうなんだよね。私、モタモタと成績が降下中です。
「商業科の中でも氷川商は特に人気だ。ナメてかかれないぞ」
「はーい」
「ま、お母さんも大変だったからな。そんな中でもよくやっているとオレは思うけどな」

 第一志望にした道立氷川商業はこの地域の伝統校。各種検定試験や公務員合格率も高く同窓会も強く、地域で就職するには大変有利とか。
「美化委員を三年間続けて、評定も充分足りてる。だから後は当日点。な?」
「はーい……」
 そうなんだよね。もう頑張るしかないんだよね。


 放課後の三人の活動場所は中校舎二階のフリースペースに変更になった。そこはバスケ部がホールでアップする姿を上からバッチリ見学できる。けど学校中のバスケ部ファンの集合場所でもあって、モブな私達は落ち着かない。

「でも、もう他に場所がないよ」
 福田が涙を呑む。
「少しだけ見てさ、私達は帰ろ。一応受験生なんだし」
 山根が慰める。
「見るとホントに元気になれるよね!」
 すっかりヒーリングポイントと勘違いしている私?

 けれど山根の常識的な言葉も吹っ飛んで、結局ご大層な時間を過ごしてしまう羽目になる。思いがけない同級生にお仲間発見、交流の輪も広がったり。

 ただ、今日の私は落ち込んでいた。二人に先に行くよう頼んで、こっそり美術室に行った。
 担任との面談の後、泣きそうになって。「お母さんも大変だったからな」とか。それに自分で商業科に決めても、やっぱり普通科には未練があって。でもこれは自分で消化しないといけないから、落ち着いてから二人と合流しようと思った。

 一人で冷たい美術室に籠る。深呼吸して気持ちを立て直そうと思っていた矢先、ガラリとドアを開ける音がする。誰だろう。音の先を見て「あ」と声が出てしまった。だけど向こうもビックリしてる。小さな機敏そうな人影。どうして河合君がここに来るんだろう?


(えと、ど、どうしよう……)
 途端に降りる沈黙。カチカチカチ。ドキドキドキ。
 美術室に来る人なんて滅多にいない。固まる私。でも河合君はもっと固まってそう。わーごめんね。こんな所に私がいて。

「ええと、」
 あ、戸惑ってる。ホントにごめんね……って、めっちゃ卑屈な私。
「ここに大澤来ませんでしたか。バスケ部の一年の、デカイ奴」
 ん、大澤君?
「ううん。誰も見てないよ」
「あ、そうですか、どうも失礼しました」

 なんだなんだ。めっちゃ気になる。でも聞ける立場でもないので、河合君の背中に向かって心の中で(部活頑張ってね)と呼び掛けた。そしたら河合君、急に振り向いて、

「あの、この間はお菓子、ありがとうございました」

 びっくりした! お菓子って何?
 あ、コンビニで会った時の話だ。ええ、覚えててくれたの? でも随分前だよ!

「ううん、こちらこそ。あの時はクーポン、ありがとう」
「あ、いえ」
 河合君はニコッとして美術室を出ていった。その後、たたた、と走る音がした。軽快で機敏な靴の音。

(わー可愛いーかわいいいいい)
 あ、スゴい。私、もうリフレッシュ。
「ふふふふふ」
 わ、スゴい。勝手に笑えてきちゃう。どんどんニマニマしてきちゃう。もう嫌なことが消化されちゃった。
 でもこれって、今一瞬忘れているだけで、根本的な問題は何にも解決してないよね。それでもいいや。河合君と喋れて元気になれた。早く二人に合流しよう。大事な放課後だもの。
 だけど律儀だよね。あんな前のお菓子の話、覚えててお礼まで言ってくれて。
「えへへへへへ」
 ああ、いけないいけない。私、怪しい。かなり怪しいぞ。

 中校舎に向かっていたら、向こうから福田と山根が走ってきた。むむっ。今度は何?
「大変、大変、ニュース、ニュース!」
 何ナニ?
「山口、大澤君にコクったらしいよ!」
「で、玉砕したらしい!」
 何だってえ!?