山口は先生受けが最高だ。
親がPTAに熱心だから? それなら福田の家だって。福田ママは大の氷川中ファンで、なんでも率先して参加中だ。娘は嫌がっているけれど。
地元の大きい病院の血筋だから? それなら山根の家系だって。山根の本家所有の西洋館は某文化財指定建築で、併設レストランは予約必須の人気店だ。
「アイツは裏表の使い分けが絶妙なんだよ」
山根は忌々しそうに呟く。決して綺麗だからとは誰も言わない。でも悔しいけど山口はやっぱ高嶺の花で、先生方や一部の男子にひたすら大事にされている。成績もいいから地域のAランク高校にも余裕で行ける。
「天は二物も三物も」「いいな……」
うっかり羨ましがって、みんな同時にはっ、と気付いた。
「う、ら、や、むなんて、相手の思うツボだよ」
「そうだよ、あんな意地悪なコ、憧れられないよ」
「ホントだよ、な、仲良くだって出来ないよ」
だけど私達は嫌という程知っている。この世は全てが不公平で、特に女子は外見が最重要の真理。私達は腹立ちまぎれに山口のワルクチを言い合って、でもその後味の悪さにウンザリした。不愉快は避けたいし、気になる疑問もただひとつ。
「山口、大澤君のこと狙ってるのかな」
「は。大澤君が落ちる訳ないよ!」
「そうだよ。今まで女の子全員断ってるんだよ?」
手前勝手だけど、大澤君には地元の彼女を大事にしてほしい。彼の誠実をみんなで天に祈った。お願い神様。私達は第三者の幸せで生きています。
十一月の声を聞く。三者面談のお知らせが来る。特に福田の顔には死相が出ていた。毎日美術室で泣きそうだった。
「氷川高なんて絶対無理だ……」
「でも福田、成績悪くないよね」
「そうだよ。総合偏差値だってちゃんと高いもん」
私と山根はもっと可愛い数字なので、ずっと上位にいる福田はエライと思う。
「でも氷川高、今年は七十三いるんだって」
「やめなよそんなキツイ学校!」
山根が叫んだけど、福田は延々と溜息をつく。
「実は私、中学受験に失敗してるの。それでママはリベンジ入ってるんだ」
私達は息をのんだ。
「で、でも、自分の進路は自分で決めた方が。三面の時に言うとか」
在り来たりな事しか言えなかった。
ここは彼の力を借りるしかない。そろそろ部活タイムです。
「ほらほら福田、窓際においで!」
私達、相変わらず毎日このモブ活を続けている。山口にはムカつくけど、ほんの少し関われた大澤君の可愛らしさと、新たに河合君の魅力にも気付けて、また幸せが増えたんだ。
もうすぐこの街は雪と氷で真っ白になる。バスケ部も室内練習にシフトするから、私達の活動場所も探さないといけない。何より成績によってはそれどころじゃない。万感の思いを込めて中庭を覗く。
「あああああ」
だのに出た声はとんでもないダミ声だった。
「あ、あ、あんないい所に」
「あいつめえ、あいつめえー」
そこには山口がちゃっかりと、中庭の絶好ポジションをぶん獲って、バスケ見学をしていたのだった。
「もう、なんなのー、なんなのー」
中庭の渡り廊下には山口。どうしても視界に入る。どうにも不愉快すぎる。
「山口見たくねえー。だけど大澤君は見たいー河合君も見たいー」
「もうまじ無理なんですけどー」
三人でワーンと泣いた。邪魔。めっちゃ邪魔。大澤君達のそばに山口がいるだけでめっちゃイヤ。彼等が女の子囲まれるのはしょっちゅうだし、ファン心理も理解出来る。でも山口は……あの子は嫌。なんでだろ。こういうのって、もうどうしようもないね。
ウォームアップ中のバスケ部(の大澤君)に熱い視線を送る山口。一部の部員は山口の存在に気をとられてフニャフニャになっている。
オトコってマジでバカ! 私達はまたここで「ぴー」と怒る。でも怒れば怒るほど山口のオトコ受けを思い知らされる。不幸って連鎖するね。
「く、悔しいから全部観察してやる」
「おうよ、最終下校まで粘ってやる」
「アタシもう今日塾休む」
使い方を大幅に間違えた私達の情熱もいかがなものか。このパワーを受験に向ければいいのにね。うん、オンナってバカだよね。
でもね、その後すごくいい瞬間を見られたのです。大澤君の、それから河合君の、競技モードに入る瞬間。そのスイッチが、私達にですら判ったのです。
注意力散漫さを感じたのは大澤君だったか河合君だったか。気付くと二人が山口の視線攻撃に抗えない部員の横にいって、すごく丁寧な柔軟体操をしていた。
一つ一つの綺麗な動き。髪の先から爪の先、そこから周囲に結界を張るような、まるで採点演技の様な流れ。その後の校舎全周ランニング。一周毎にグングンと顔が闘将になってゆく過程。カチリカチリと高まる集中力、山口どころか回りも消す、目標だけしか見ない目線。
「今朝聞いた話だけど」
不意に福田が話し出した。
「東部にクマ高ってあるでしょ、稲熊高」
オリンピック選手をよく輩出する有名な私立高校だ。
「大澤君、小学校の時からクマ高のバスケ部で練習してたんだって」
「え!?」
「顧問がジュニア強化部長で、大澤君は秘蔵ッ子だったって」
私も山根も驚いた。
「地方では上手な子の受け入れ先が無いから特別措置だったらしいけど」
「いや、それ、スゴ……小さい時から高校生と練習してたの?」
福田に思わず聞く。
「どこからそんな話が?」
「うちのママが。またPTAで聞いてきてた」
福田ママ流石……ありがとう福田ママ!
「一気に元気出た! あの切り替えのカッコよさ、真似したい!」
山根が華やかに叫んだ。
「私、勉強がんばる」
福田は切り替えた。
「そいで、ちゃんと自分で志望校決める」
おお! 私と山根で拍手した。まさに大澤マジック!
「その意気だよ!」
「そうだ! 私達もがんばろ!」
でも、もひとつ気付いた。気付いたのは多分私だけ。中庭の山口の頬が赤くなっている。これは、本気で大澤君に惚れちゃった気配。
親がPTAに熱心だから? それなら福田の家だって。福田ママは大の氷川中ファンで、なんでも率先して参加中だ。娘は嫌がっているけれど。
地元の大きい病院の血筋だから? それなら山根の家系だって。山根の本家所有の西洋館は某文化財指定建築で、併設レストランは予約必須の人気店だ。
「アイツは裏表の使い分けが絶妙なんだよ」
山根は忌々しそうに呟く。決して綺麗だからとは誰も言わない。でも悔しいけど山口はやっぱ高嶺の花で、先生方や一部の男子にひたすら大事にされている。成績もいいから地域のAランク高校にも余裕で行ける。
「天は二物も三物も」「いいな……」
うっかり羨ましがって、みんな同時にはっ、と気付いた。
「う、ら、や、むなんて、相手の思うツボだよ」
「そうだよ、あんな意地悪なコ、憧れられないよ」
「ホントだよ、な、仲良くだって出来ないよ」
だけど私達は嫌という程知っている。この世は全てが不公平で、特に女子は外見が最重要の真理。私達は腹立ちまぎれに山口のワルクチを言い合って、でもその後味の悪さにウンザリした。不愉快は避けたいし、気になる疑問もただひとつ。
「山口、大澤君のこと狙ってるのかな」
「は。大澤君が落ちる訳ないよ!」
「そうだよ。今まで女の子全員断ってるんだよ?」
手前勝手だけど、大澤君には地元の彼女を大事にしてほしい。彼の誠実をみんなで天に祈った。お願い神様。私達は第三者の幸せで生きています。
十一月の声を聞く。三者面談のお知らせが来る。特に福田の顔には死相が出ていた。毎日美術室で泣きそうだった。
「氷川高なんて絶対無理だ……」
「でも福田、成績悪くないよね」
「そうだよ。総合偏差値だってちゃんと高いもん」
私と山根はもっと可愛い数字なので、ずっと上位にいる福田はエライと思う。
「でも氷川高、今年は七十三いるんだって」
「やめなよそんなキツイ学校!」
山根が叫んだけど、福田は延々と溜息をつく。
「実は私、中学受験に失敗してるの。それでママはリベンジ入ってるんだ」
私達は息をのんだ。
「で、でも、自分の進路は自分で決めた方が。三面の時に言うとか」
在り来たりな事しか言えなかった。
ここは彼の力を借りるしかない。そろそろ部活タイムです。
「ほらほら福田、窓際においで!」
私達、相変わらず毎日このモブ活を続けている。山口にはムカつくけど、ほんの少し関われた大澤君の可愛らしさと、新たに河合君の魅力にも気付けて、また幸せが増えたんだ。
もうすぐこの街は雪と氷で真っ白になる。バスケ部も室内練習にシフトするから、私達の活動場所も探さないといけない。何より成績によってはそれどころじゃない。万感の思いを込めて中庭を覗く。
「あああああ」
だのに出た声はとんでもないダミ声だった。
「あ、あ、あんないい所に」
「あいつめえ、あいつめえー」
そこには山口がちゃっかりと、中庭の絶好ポジションをぶん獲って、バスケ見学をしていたのだった。
「もう、なんなのー、なんなのー」
中庭の渡り廊下には山口。どうしても視界に入る。どうにも不愉快すぎる。
「山口見たくねえー。だけど大澤君は見たいー河合君も見たいー」
「もうまじ無理なんですけどー」
三人でワーンと泣いた。邪魔。めっちゃ邪魔。大澤君達のそばに山口がいるだけでめっちゃイヤ。彼等が女の子囲まれるのはしょっちゅうだし、ファン心理も理解出来る。でも山口は……あの子は嫌。なんでだろ。こういうのって、もうどうしようもないね。
ウォームアップ中のバスケ部(の大澤君)に熱い視線を送る山口。一部の部員は山口の存在に気をとられてフニャフニャになっている。
オトコってマジでバカ! 私達はまたここで「ぴー」と怒る。でも怒れば怒るほど山口のオトコ受けを思い知らされる。不幸って連鎖するね。
「く、悔しいから全部観察してやる」
「おうよ、最終下校まで粘ってやる」
「アタシもう今日塾休む」
使い方を大幅に間違えた私達の情熱もいかがなものか。このパワーを受験に向ければいいのにね。うん、オンナってバカだよね。
でもね、その後すごくいい瞬間を見られたのです。大澤君の、それから河合君の、競技モードに入る瞬間。そのスイッチが、私達にですら判ったのです。
注意力散漫さを感じたのは大澤君だったか河合君だったか。気付くと二人が山口の視線攻撃に抗えない部員の横にいって、すごく丁寧な柔軟体操をしていた。
一つ一つの綺麗な動き。髪の先から爪の先、そこから周囲に結界を張るような、まるで採点演技の様な流れ。その後の校舎全周ランニング。一周毎にグングンと顔が闘将になってゆく過程。カチリカチリと高まる集中力、山口どころか回りも消す、目標だけしか見ない目線。
「今朝聞いた話だけど」
不意に福田が話し出した。
「東部にクマ高ってあるでしょ、稲熊高」
オリンピック選手をよく輩出する有名な私立高校だ。
「大澤君、小学校の時からクマ高のバスケ部で練習してたんだって」
「え!?」
「顧問がジュニア強化部長で、大澤君は秘蔵ッ子だったって」
私も山根も驚いた。
「地方では上手な子の受け入れ先が無いから特別措置だったらしいけど」
「いや、それ、スゴ……小さい時から高校生と練習してたの?」
福田に思わず聞く。
「どこからそんな話が?」
「うちのママが。またPTAで聞いてきてた」
福田ママ流石……ありがとう福田ママ!
「一気に元気出た! あの切り替えのカッコよさ、真似したい!」
山根が華やかに叫んだ。
「私、勉強がんばる」
福田は切り替えた。
「そいで、ちゃんと自分で志望校決める」
おお! 私と山根で拍手した。まさに大澤マジック!
「その意気だよ!」
「そうだ! 私達もがんばろ!」
でも、もひとつ気付いた。気付いたのは多分私だけ。中庭の山口の頬が赤くなっている。これは、本気で大澤君に惚れちゃった気配。