長いモノにグルグル巻きの立場ではあるが、精一杯の抵抗をするのみである。怒る暇があるのなら、出来る限りの準備をする所存である。

「リンキーさんちょっといいですか」
「ぎゃああ拉致られるう少女誘拐い」
「しませんよ阿呆ですか」
 オバちゃんコドモ、じゃなかった、妖怪妖精をさっさと捕まえ会議室に放り込み、厳重に施錠する。

「鍵、を、か、け、る、な、よ」
「大丈夫です。ただのおやつタイムです。お楽になさってくださいまし」
 コンビニレジ横で売られる栗饅頭と社内自販機の紙コップ緑茶をお出しする。
「愛が感じられない」
「ちゃんと丸盆で懐紙も敷いてあるじゃないですか。ワタクシの奢りですからご遠慮なく。さて」
 正面にどっかり座る。
「閻魔帳閲覧も制限のかかる昨今です。今回はリンキーさんに直接お伺いするのが道理かと思いまして」
「何だ改まって」
「とにかく一服どうぞ」
 誰に対しても容赦しない心意気であった。



 古狸の代理妖精の押しの強さは古狸にクリソツであった。

「カワイさんには感服致します。お互い初恋同士、しかも中学生と高校生という世代ハンデの中で三ヶ月も交際持続とは」
 脳内でアラームが鳴り響くワタクシであった。
「恐れ入ります。進行過程は大変良好です。今後も継続が最も有効と確信しております」
 呑まれぬ様に踏ん張るのであった。

「是非継続でお願いしたく存じます」
 同席の真田さんも援護射撃であった。
「思春期の揺らぎは大変繊細です。氷川中のエース格の内面充実という点をいま一度考慮していただけませんか」
「しかし今のままでも氷川中なら十分全国制覇出来ますよ」
 間髪入れず一刀両断であった。

「十代体育事情も日々刻々と変化する中、弊社では現時点での蹴球の必要性を重視、再考に至った次第です。趣旨替えと批判されるのも承知でお願いに上がりました。勿論、氷川中プロジェクトをおざなりにしている訳では決してありません」

「事情は変化すると仰るのであれば、氷川中だって盤石ではないのでは」
「私共はカワイさんの先日からの河合に対する『ブレーキング』技術にいたく感動しておりました。本日出向きましたのは」
 議論が噛み合ってない上に、褒め言葉は上滑る。
「カワイさんには是非とも蹴球枠にもご参加頂きたく」
 コチラの意向に考慮ナシ。
「河合と岩野田は今月末で終了をお願い致したいのです」


 今月末で終了。先にケンジさんから聞いていたとはいえ、直接聞くのは衝撃のある要請である。

「と言いますと、六月いっぱい、でしょうか」
「そうです」
「何故」
「河合に全国大会に向けて集中してもらう為です」
 それが本音であろう。

「岩野田は今時珍しい心直ぐなるお嬢さんですね。この後は是非とも江口ハヤトとの可愛い恋を育まれてはいかがでしょう。江口弟は兄に似て大層見目麗しいのに性格は真逆、大変オクテです。パートナーには充分顧慮したいと願っておりました。私共は河合との関わりを通し、岩野田なら間違いないと確信し、御社に御提案させて頂いた次第です。河合も戦績良く、江口弟と岩野田も可愛い恋愛関係を通じ充実した日々を満喫。三方が益々素晴らしい青春になると思われます」

 会合は静まり返る。スガワラは言い放つだけ言い放つと、目線をゆっくりと下にする。

「しかし」
 真田さんの声が響く。
「氷川中プロジェクトの中心である大澤への影響はどうお考えでしょう。現在は河合達が大澤に大きな学びをもたらしておりますが」
「改めまして、趣旨替えと批判されるのを承知で、お願いしたく存じます」
 真田さんのオーラがピキッと凍った。

「あ、あの」
 末席のワタクシも発言する。以前から舐められっぱなしだが踏ん張れワタクシ。
「弊社の元社員が、今春から派遣業務で再雇用になっておりまして」
 行け行けワタクシ。
「勤続年数の長い社員でしたので、巷では悋気の長の名で通っておりました」
 お、スガワラ社員の顔つきが変わった、リンキーの影響パネエ。

「彼女は現在、営業三課で江口兄の片恋案件を担当しております。相手方が当の岩野田です。二人は将来夫婦になる因縁との事で、慎重に行きたい旨申しております。今回ご提案いただいた進行を彼女にも打診しました所、その流れは『江口家』にとっては芳しくないのではと、」
 息継ぎするワタクシ。

「憂いておりました。家系列の確認をお願いしたく存じます。尚、スガワラの皆々様にくれぐれも宜しくとも申しておりました」
「何を宜しくと?」
「詳細は聞いておりませんが、彼女も同席させた方が宜しいでしょうか」
「あ、いや、もう時間も押しておりますので。では一旦社に持ち帰りまして、また連絡致します。カワイさんには今一度ご検討頂けたらと思います」

 グッタリするワタクシに「取り敢えずは時間は稼いだわ」と労ってくださる真田さんであった。



 江口弟が岩野田達の前に登場したのはその日の帰宅途中である。
 スガワラの魂胆であろう、白々しく氷川商近隣で兄弟待ち合わせであった。これから親戚の家に行く為だという。見目麗しい兄弟に、見かけた生徒達は色めき立つ。

 マネ達も感慨深く見守った。
(江口弟だ)
(江口より真面目だ)
(江口より落ち着いてる)
 江口弟はマネ達を見かけると、暫しジッと見つめ「こんにちは。いつも兄がお世話になってます」と丁寧に挨拶をした。

(立派な弟だなあ)
(江口より出来そう)
(江口、兄として大変かも)
 マネ達は別の視点にも気付く。評判の彼と並ぶ江口はいつもと変わりなく見える。反面、今までの彼等の道程も浮かぶ。
(兄弟仲良しで良かった。よくわかんないけど、二人共よくやってるんだね)
 岩野田も不思議な気分になる。吉野から江口家の話を聞いたからかも。

「岩野田さん。借りたタオル、ちゃんと洗って返すから!」
「そんな事言って、洗うのは姉ちゃんだろ」
 屈託のない兄弟のやり取りを皆で笑って囲む夕方。寒暖差はあるけれど、あっという間に伸びた日の入り。

 岩野田はふと、河合の事も思う。頑張っている姿しか知らないけど、河合君も大澤君の側で色々思う事があるのかもしれない。浅はかに騒いでいた中学時代の時分は、ひどく無遠慮だったんだな。

 あの夜から長電話は難しく、意思疎通は端末の短文応酬に戻っている。でもお互い物足りない。直接話がしたいと願う。本当はもっと会えたい。ひとたび願いが叶うと、欲は広がるものである。
(河合君、今何してるかな)




「江口兄弟の登場シーンが雑だ」
 リンキーは呆れている。

「この体育会系学生の忙しい時期に親戚に出向く用事だと。進行もわざとらしい」
「そうなんです。古狸の初恋関連、万事こんな感じなんです」
「弊社、舐められてんな」
「そうなんです。専門のワタクシ達に全部任せてほしいです」
「蛇の道はヘビなのにな」
「せめて餅は餅屋って言ってください」
「ヘビといえば」

 リンキーはパーカーのポケットから式神を出した。式神は彼女に握られウネウネと抵抗中である。
「社長宛てのコイツ、さっき拉致ったんだけどさあ」
「拉致らないでください!」
「あー大丈夫大丈夫、こいつアタシの言うコト聞くから。な?」
 式神は無理やりウンと言わされる。なんて可哀相。

「上からの思し召しだ。何年後かに日本でサッカーワールドカップしたいんだってさ」
「ワールドカップですか!」
「そう、それで裏の強化を始めるんだと」
 だからジュニア選手の後押しを始める寸法か。
「つまり通常業務は益々雑になると」
「正解。下々の妖精さん、皺寄せガンバってね」
 ドライな物言いであった。

「デカい行事が来るとウチ等も忙しいんだよなあ」
 リンキークラスの因縁妖精さん達は国際間の各浄化に勤しまねばならぬのだ。
「姐さん稼ぎ時ですね」
「果たしてちゃんと稼げるのかね。それにしても今回の栗饅頭は高かった。追加の袖の下よこせください」

 お名前拝借の謝礼にパシらされるワタクシである。コンビニの片隅で肉まんを頬張るふた妖精に、神秘の気配は一切無い。

「そんな訳だから時間稼ぎも付け焼刃だ。河合達も保障は無いぞ」
 ワタクシは小さく頷き、無言でカップコーヒーを飲む。
「それと、河合の件は気に入らないかもしれないけど」
 リンキーは袋の揚げたてチキンにも手を伸ばす。
「江口弟のオファーが来たって事は、カワイさんの業務は評価されてんじゃん」
「古狸経由の言葉なんてマトモに聞けないです。うっかり近寄ったら搾取されてポイっすよ」
「ま、そうだけどな」
 モグモグしながら各々の業務に戻るのであった。




 最近のワタクシは会えない時間でアイを育てる作戦に変更中である。
(河合君、何してるかな)
(岩野田さん、今何してるかな)
 お互い大いに悶絶すれば宜しい。河合に至ってはエンジン全開な中二の真っ盛り。
(この悩む時間が無駄なんだよ)
さっさと実働すれば宜しい。

「あらマサキ、どこ行くの?」
「ルーズリーフ無くなったから買ってきます。伯母さん何か買い物ありますか?」
「じゃあ牛乳を三本、お願いしようかしら」
 サクサクお出掛けすれば宜しい。携帯電文、速攻送信。

『これから買い物に行くけど、今ってまだ下校途中?』
 岩野田にもトットと受信させて、コンビニ前でハチ会えば宜しい。
「おばんです」
「白々しいね」
逢瀬が成立すれば宜しい。
「送るよ」
「うん」
お手手を繋いで帰ると尚ヨシ。指先のみの初々しさよ。

「今日ね、江口の弟を見かけたよ」
「あのサッカーで有名なコ? どんな感じのコだった?」
「江口に似てたけど、真面目そうだったよ」
 江口は立派な弟がいて大変かもしれないって思ったよ。河合君もそんな気分の時がある?

 岩野田は聞いてみたくなった。
 けれど彼は「考えた事もない」と、きっと笑ってかわすだろう。河合は、オトコノコはいつでもそうだ。自分の弱い所なんか、絶対に見せたくない。




 ワールドカップの噂は既に広まり、ワタクシ達の愚痴も止まらなくなっている。

「勘弁してほしいよ。バスケはまた片手間扱いだ。やっと陽の目を見られそうだったのに」
「私達が憤ってるんじゃないわ。マンガン社こそ長年尽力してたのよ。どうしてくれんのよ」
 ヤラレっぱなしは悔しいので、踏み止まる手筈も進めたくなっている。

「河合達も現時点では非常に良好だよね」
「はい、終わらせるのは惜しいです」
 真田さんも大きく頷く。
「以前は河合と岩野田とのエネルギー差が見えたけど、今は大丈夫ね。岩野田に江口弟の仮オファーが来たのが証拠よ。お母さんみも増してるし」
 学校の勉強も部活も家事も、健気に頑張っているのだ。

「江口弟もとても良い少年だと聞き及んでおりますが、ワタクシは未だ河合との可能性を捨てたくありません」
「だよね」
 ケンジさんは江口兄弟の報告書を眺めつつ、
「誰もが新しい因縁は作りたくないんだよ」
 ワタクシに薄青の申請書を出して下さった。

「カワイさん、スガワラの返事待ちも辛いでしょう。江口の家系列調査で閻魔帳閲覧の申請出してみたら。特別措置で通るかもよ」