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minamiの閉店時間が過ぎ、表の看板をopenからcloseへ掛けかえていると、背後から足音がして琴葉は振り向いた。
言葉を発する前に無言で抱きしめられ、戸惑ってしまう。

「早瀬さん…?」

小さく名前を呼ぶと、耳元で小さく囁かれる。

「ただいま。」

「…おかえりなさい。」

あんなに一人で大丈夫だと思ったのに、いざ雄大を前にすると愛しさが込み上げてしまって、琴葉は自分の胸を押さえた。
ドキドキと胸を打つ鼓動はときめきではなくただの緊張だと自分に言い聞かせる。
ちゃんとしなくてはという想いが、琴葉を奮い立たせた。

「何だよ、あのメッセージ。まるで別れの挨拶じゃないか。」

「…そうですよ。お別れの挨拶です。」

あっさり言う琴葉に、雄大はムッとして肩を掴んだ。

「何でそんなこと…。」

「私は一人で生きていくって決めたんです。」

「寂しいくせに。」

「そうですね、寂しいです。でも、いつもの日常が戻っただけです。早瀬さんと過ごした時間は夢のようでした。素敵な思い出をありがとうございました。」

一気に言うと、琴葉はぐっと唇を噛みしめた。気を抜くと泣いてしまいそうだからだ。これでいいんだと、強制的に自分を納得させる。
それなのに、雄大は全く納得してくれなかった。

「嫌だ。俺は琴葉と一緒にいる。」

「ダメですよ。」

「何で。」

まるでだだっ子のように琴葉に迫る雄大に、琴葉の頭の中のもやもやした黒い気持ちが渦巻いて出てこようとする。
必死に当たり障りのない綺麗な言葉に変換しようとするが、その気持ちを偽ることは出来なかった。

「早瀬さんは未来を担う副社長さんなんですから。私なんかじゃダメなんです。もっと素敵で綺麗な人で、家柄の立派な人が似合います。私なんかじゃ…。」

堰を切ったように流れ出した言葉に、自分自身が傷つく。

そう、私なんかじゃダメなんだ。
不釣り合いだから。