「ヒナコが高校2年のとき
父親が女作って家を出て
そのあとすぐに母親は自殺したんだ」
「そう…なんだ」
そんな理由は…
想像以上にヘビーすぎる。
「アイツの両親はいつも仲が良くて
俺の両親とも昔から付き合いがあったんだ。
だから父親が女作っていなくなった事も母親の自殺も
俺の親ですらショックだったんだから
本人は、相当なはず…」
そりゃそうでしょ…
誰よりも1番大好きな肉親を一気に失ったんだから。
それも“裏切られた”って気持ちは
お母さんも早乙女さん自身も憤りを感じたと思う。
「女の人がいたって…
誰も気付かなかったの?」
「いや、母親は勘付いてはいたみたいだ。
まぁ自分の夫の事だから怪しいところがあったんだろ。
だけど絶対、ヒナコには言わなかった。
父親がいなくなるその時まで…な。
家を出て行った事実を母親から聞かされたとき
『ごめん、自分のせいでツライ思いさせてしまって』って
ずっと謝っていたんだと…」
早乙女さんのお母さん
自責の念に駆られてたんだ…
「母親が亡くなってからも
イヤな思いはしていたんだ。
親戚には拒絶され
学校は同情と好奇の目で見られて行けなくなったし」
「じゃぁ住む家はどうしたの?」
「施設には入らせず
俺の両親が引き取ったんだ。
養子の話も出たけど本人が
『母親との繋がりを断ちたくない』って拒んだから
そのままにして今も一緒に住んでる」
早乙女さん
そんな状況に置かれながらも
それでもお母さんとの関係を大事にしたかったんだ…
スゴイよ、彼女。
「それじゃぁ尚更
アンタが大事にしてやんないとじゃん」
「…あぁ。
だけどもう子供じゃねぇんだし
俺がこれ以上関わっていたら
アイツ自身が成長出来ない気はしてる。
1人で強くなる勇気も必要だからな」
そうは言ってもねぇ…
子供の頃からずっと彼女は煌月を必要としてる。
独りぼっちになってしまって
寄り添ってくれたのはアンタだから。
それを手放すなんて酷な話
本人が知ったら本当にまたバカな事を考える気がする。
だけどこのままってワケにも…ねぇ。
「アイツはたぶん…
母親の傍にいたいって思ってんだろうな、今でも。
だからそんなバカな事を考えたんだろ。
今日はずっとそんな感じだったから…」
だからか…
職場で泣いてたあの時の姿
煌月はなんとなくでも気付いていたんだ。
言葉にしなくても
ちゃんとわかってんじゃん…
「ねぇ煌月。
今日はもう遅いし早乙女さんまだ目が覚めないから
今晩だけウチで預かる。
だからアンタは自分の部屋に戻って」
「けどそいつ
目が覚めたら暴れるかもしれねぇよ。
今荒れてるみたいだし…」
「んー…そんな気はする」
だけど叩き起こすのは可哀想だし
少し様子を見てたほうがいいと思うんだよねー。
「目が覚めたら連絡するよ」
「…あぁ。
それとこの話は…」
「大丈夫。
彼女が自分から話さない限り
この件には触れない。
アタシは何も聞かなかったし何も知らない。
でしょ?」
「さすが七星。
いろいろ助かる」
「どういたしまして」
言えるワケないでしょうに。
1番心を開いてる煌月だけが知ってる事実を
アタシなんかが聞いたって知ったら
逆の立場だったら逆上しちゃうっしょ。
それに。
アタシが何かしてあげられるような案件じゃないしね。
まぁ煌月の悩みくらいなら聞いてあげられるか。
「じゃぁ、あとは頼んだな」
「了解。
アンタもゆっくり休みなね?」
「お前もな」
煌月を玄関先で見送って(隣だけどさ)
眠る早乙女さんの様子を見てから
アタシも寝る準備をした―――
―――翌朝。
「…あれ?私…」
「あ、起きた?」
様子を見に来たら
ちょうどのタイミングで目が覚めていた早乙女さん。
「え…七星さん…?」
「顔色は悪くないね。
熱は…うん、なさそうだね」
ベッドの端に腰掛け彼女の額に手を当てると
体温は平気そう。
「具合はどう?」
「大丈夫…」
「お腹空いたっしょ?
おかゆ作ったんだけど食べれそ?」
「…あの」
「ん?」
「ココはいったい…」
状況が掴めていずに
未だに戸惑っている早乙女さん。
それもそっか。
いきなり見覚えないところにいて
なぜかアタシがいるんだから。
「驚いたよね。
ココはアタシの部屋。
昨日ずぶ濡れだったから
アタシの服を着替えさせちゃったけどごめんね?」
「どうして私が七星さんの部屋に…」
「覚えてないっか…」
あんな状態じゃ無理もない。
「ううん…覚えてる。
だって私…死にたかったんだもん」
「早乙女さん…」
「あの…この事ジンくんは…」
そうだよねー
それ聞くよねー。
一晩イロイロとアタシなりに考え
出した答えは―――
「彼は何も知らないよ。
言ってないし」
「え…」
「あんな状態だったから
アタシもさすがに何かあったんだろうなとは思ったよ。
でも煌月に説明するのは自分の言葉で言いなね?」
ちょっと強引な気もしたし
嘘をついたのも申し訳ないけど
今はコレがいいと思ったんだよね。
煌月が知ったなんて言ったら
それこそパニック起こしちゃうでしょ。
「…はい。
ありがとうございます…」
「じゃぁ…ほら!
先にお風呂入ってきなッ
頭も体もスッキリするよ?」
「…七星さんは
何も聞かないんですか?」
「ん?」
「どうして私が
あんな事をしたのか…」
んー…
煌月から聞いちゃってはいるんだけどねぇ…
でもそれは忘れようと思うし。
「みんなイロイロあるモンよ?
アタシにだってあるし
だからこそ口は挟めない。
詮索しても余計なお世話なだけだしね」
聞いたときは衝撃的だった。
アタシの知ってる早乙女さんって
“煌月を一途に想う女子”だったけど
その想いの深さが全然違ったんだから。
確かにそれは拒絶なんて出来ないか…。
それから――
早乙女さんがお風呂に入ってる間に
アタシは煌月にLINEで連絡。
“彼女、目が覚めたけど
思ったより落ち着いていたよ。
昨日の出来事はアンタには話してない事になってるから
あとは頼んだ“
と、なんとも身勝手な文章を送ってみると
ヤツからすぐに返事が来て。
“はぁ!?
なんでそんな大事な事
俺が知らねぇ事になってんだ!?
無理があるだろ!“
うん、まぁその通りだけどさ。
アタシなりの優しさなのだよ、煌月くん。
“大丈夫、大丈夫
アンタなら上手く誤魔化せる。
グッジョブだ!“
…と、何が大丈夫なのか
根拠はまったくないけれど
とりあえず丸投げしたから
あとは上手くやれよ。
一方的にLINEを終わらせると
ちょうどそのタイミングで
早乙女さんがお風呂から出てきた。
「さっぱりした?」
「はい…
イロイロとありがとうございました」
そう言って小さく頭を下げたこのコは
なんとも素直だねぇ…
でも顔が死んでる。
感情がないってこういう事を言うんだろうね。
それほど弱ってるって事か…。
「家まで送るよ?」
「いえ…大丈夫です。
母も、近くまで迎えに来てくれるので…」
「え、うん…」
うーん…
そう言われてもねぇ…
昨日の今日でまた何かあっても困るしなぁ。
このコが言う“母親”ってたぶん
煌月の母だと思うんだけど…
こんな状態で話すかぁ?
そうは言っても他にアタシに出来る事がないし
煌月に連絡してあとを任せたほうがいいかもな。
早乙女さんを玄関先で見送って
すぐに煌月に連絡。
「あー…煌月?」
『てめぇさっきのLINE!
アレなんなんだよ!」
電話に出た瞬間
いきなり怒られたー。
まぁそんな事を気にするアタシではないので。
「それよりちょっと
様子見てきて」
単刀直入に伝えてみた。
『はぁ?』
「早乙女さん
1人で帰るって言うんだけど
今の状態じゃ絶対無理だから
送り届けてあげな」
『…そうか。
わかった…』
さっきまでの勢いと全然違って
早乙女さんに関する事だと
こうも素直になるとは。
「放っておけるワケないか…」
誰に言ったんじゃないけど
思わずアタシは言葉にしていた―――
―――その頃、煌月と早乙女さんは…
(七星のヤツ
説明がほとんどねぇから
何がどうなってんのかわかんねぇよ)
不平不満を思いながら
まるでストーカーのように
早乙女さんの後を追う煌月。
完全に怪しい男だ。
昨日まで降っていた雨は
未だ振り続けている。
…にも関わらず
早乙女さんは持っている傘を一向に差そうとしない。
「あのアホ…」
見兼ねた煌月は
俯き加減で歩く早乙女さんの隣に近付き
自分の傘をそっとかざした。
「え…ジンくん…?」
「傘、持ってんだったら差せよな」
「うぅ…ジンくん…ッ」
1番会いたかった人に会えた事が
嬉しかったのか安心したのか
目にいっぱいの涙を浮かべながら
煌月にギュッと抱き着いた。
「わたしッ
わたしね…ッ」
何かを伝えたいのか
泣きじゃくりながら一生懸命言おうとするも
なかなか上手く言葉が出て来ない。
「…わかってるから。
何も言わなくていい」
煌月は優しくそう囁きながら
彼女の頭をポンポンと軽く撫でた。
彼女の涙は
朝の雨音にかき消されていった―――
無事に彼女を家まで送り届けられたんだろうけど
それからどうなったのかは
アタシもよくわかんないんだよね。
LINEしても既読にすらならないし。
煌月から返事が来たのは
それから翌日後だった―――
“ヒナコの様子も気になるし
しばらく実家に帰る。“
よっぽど早乙女さんのメンタルがやられていたのか
煌月は心配で彼女から離れられないらしい。
そりゃそうだよ。
アタシが逆の立場なら同じだろうし。
だけど早乙女さんに関しては関与出来ないから
煌月に任せるしかない。
―――数日後。
アパートのチャイムが鳴って出てみると
そこに立っていたのは…
「早乙女さん?」
あんな事があってから初めて顔を見たけれど
数日前に比べて
だいぶ吹っ切れたのか元気になったのか
明るい表情を取り戻していた。
「この前はイロイロとご迷惑をお掛けしてしてしまい
すみませんでした…。
それとコレ
お借りしていたモノをお返しします」
謝罪と謝礼とともに手渡された紙袋には
雨でずぶ濡れになったときに貸したアタシの洋服が
綺麗に畳んで入っていた。