「なぁ、結衣」

ゆい。彼が口にした名前。

心の中で、大きく何かが飛び跳ねたような感じがした。

首をひねって彼の方を見る。それに気付いた彼もわたしの方に首をひねる。

顔に似合わず低い藤原くんの声が鼓膜を震わせる。

「早く満開になればいいな?」

16年間生きてきたけど、学校外で男の子と二人っきりでこうやって話すのは初めてのことだった。相手は同じクラスの男の子。

しかも、多分、私が知る中では一番女子に人気がある。

藤原くんはガバッと起き上がると大きく背伸びをした。

そして、ニッとわたしに笑いかけた。

「じゃあ、俺先行くわ」

今度はわたしが下から藤原くんを見上げる番になってしまった。

寝転んでいるときは気付かなかったけど、藤原くんは背が高い。足だって長い。

でも寝ていたせいで後ろ髪に寝癖がついている。

「スカート、気をつけろよ」

大丈夫だよ、ありがとう。

そんな意味を込めてうなずくと、藤原くんはくるりと背中を向けて歩き出す。

何の未練もなさそうな藤原くんに苦笑しながら、起き上がって藤原くんの後ろ姿を見送る。

ほのかに桜の香りがする。心地のいい瞬間。

目をつぶり、その匂いを思いっきり吸い込む。

少しして目を開けた頃には藤原くんの後姿はもう見えなくなっていた。