彼はなおも寝転んだまま。

わたしは彼から視線を外して一歩下がって彼から距離を置くと、気持ちを落ち着かせるために本来の目的だった桜にスライドさせた。

枝にはまだ花が咲く前の茶色い芽がたくさんついている。

見ごろはまだ少し先になりそうだ。

「ああ、桜見に来たんだ?桜、好き?」

ふいに問いかけられて答えに困る。

桜は好きな方だと思う。だけど、桜の咲くこの季節は得意ではない。

でも、好きな方かな。

一対一のこの状況では彼のことを無視することもその場から逃げることもできない。

仕方なく一度小さく頷く。

「そうなんだ。俺も好きな方かも」

彼は自分の言葉に気をよくしたようにフッと笑った。

「この桜は遅咲きの桜だって」

そうそう。さっきおばあちゃんに聞いたよ。

「あっ、その反応知ってた?」

うん。さっき聞いたから。

「ここの桜、満開になるとメチャクチャ綺麗だから」

そうなんだ。

わたしはなにもしゃべっていないのにそんなの気にも留めない様子の彼。

「つーか俺ら、ちゃんと会話成立してるっぽいな」

確かにそうみたい。わたしはさっきから一言もしゃべっていないのにちゃんと成立している。

そのとき、ふわりと風が吹いた。