振り返ることもできずにいるわたしの前に回り込むと、結衣と叫んだ張本人がにんまりと笑っていた。

「結衣、って呼んでいい?」

「……――っ」

呼んでいいって聞く前に、もう呼んでるよね?

言葉にならない言葉が喉の奥から沸き上がったものの、それは言葉にはならずに消えていく。

「って、もう呼んでるけどさ」

わたしの心の声とシンクロするようにあははと無邪気に笑う藤原くん。

藤原くんのことが怖い。怖くてたまらない。

互いの距離感なんて全く無視して一方的に距離をつめてこようとする藤原くんが。

学年でも知らない人はいないというほどの人気者の彼。どこへ行っても目立つ彼。友達の多い彼。太陽のような彼。

そんなわたしとは真逆な彼がどうしてわたしに声をかけてきたのかも、『結衣』なんて下の名前で呼ぶのかもわからない。さっぱりわからない。

そこに悪意はなさそうに見える。だとしたら、ただの気まぐれ?

考えてみればみるほどわからないことが多すぎる。

藤原くんに対してどんな反応をすればいいのかがわたしにはさらにさっぱりわからない。

「いい?」

わたしをじっと見つめる藤原くんの瞳は茶色く澄んでいる。

彼から目をそらして斜め45度に視線を落とし、首を横に振る。