「シっ。あの子は特別なんだって」

コソコソと誰かがわたしの話をしている。でも、それが誰か探す余裕はなかった。

立ち上がったものの、顔をあげることができない。

机の木目のまだら模様をぼんやりと眺める。

昨日、何十回と自己紹介の練習をした。

スラスラと口から溢れた言葉は、一文字だってわたしの口から出てきてはくれない。

名前だけでも言えたなら。小松結衣。わたしの名前。

息を吸い込んで口を開く。でも、言葉は喉の奥底に吸い込まれわずかな空気が口から洩れるだけ。声にならず、口だけをわずかに動かす。

顔が真っ赤になる。もう限界だ。

そう感じた時、「つーかさ」藤原君が張り詰めた空気を切り裂くように声を上げた。

「席って名前の順じゃないから。俺も藤原だけど後ろの方だし」

藤原くんの言葉に教室中がザワザワとうるさくなる。

「あー、確かに違うかも。あたし渡辺なのに廊下側の一番前だもん」

「ホントだ~!今年は名前の順じゃないんだ~」

心の中でホッとため息をつく。

よかった。一瞬だけでも、みんなの意識から離れたことで少しだけ気持ちが落ち着いた。

ありがとう、藤原くん。

心の中でお礼を言う。