「い、いえ!わたしは藤原くんの彼女じゃないです」

藤原くんにとってもわたしがおばあさんに彼女だと誤解されたら心外だろう。

必死になって誤解を解こうするわたしを温かいまなざしでみつめるおばあさん。

「だったらなってあげて。あの子が家に女の子を連れてきたのは初めてだから」

「そうなんですか……?」

意外だった。

藤原くんだったら何人、ううん、何十人、何百人の女子を家に招き入れることはたやすいことだろう。

「あの子はあの事故の後自分の気持ちを口にしなくなったの。辛い時に辛いって言えなくなってしまった。自分の気持ちを口に出せないのは辛いね。そういうところ、あなたと奏多は少しだけ似ているわね」

おばあさんはすべてを悟ったかのようにシワのある顔を更にくしゃくしゃにして笑った。

言葉に詰まった。言葉がでないのではない。なんて答えたらいいのか分からなかった。

わたしはおばあさんに場面緘黙症とは伝えていなかった。

それなのに。

「あの……」

「お嬢さんは洸多と同じなんだろう?場面……なんとかって言ったかい?」

「は、はい。場面緘黙症です」

「あぁ、それそれ。年を取るとダメだね。すぐに忘れてしまう」

自分自身に呆れたように言った後、おばあさんはわたしを見つめた。

「これからも奏多と仲良くしてやってね。それと、いつでも暇な日はうちへおいで。じいさんと奏多とずっと3人暮らしで女は私一人だけでしょ?たまには女性同士でおしゃべりしたいのよ」

「ありがとうございます。また、遊びにきます」

心の中がじんわりと温かくなる。こんな出会いがあるとは思わなかった。

藤原くんとの出会いをキッカケに狭かったわたしの世界が少しずつ広がっている。

そのとき、玄関の引き戸がガラガラと音を立てて開く音がした。