かくして、俺は無実放免となった。
記録された映像を確認してみると、明らかに罠だった。
俺が進路指導室に足を踏み入れた直後に彼女の悲鳴、あわてて部屋を出る俺、その後駆けつける教職員の姿が鮮明に映っている。この流れでは、さすがの俺だって女にはなにもできない。
あっぱれ、物的証拠。咲久良のミラクルな助言で、俺の人生は助かった。
部長の彼女は、今回の騒動について嫉妬ゆえ行ったのだと白状した。
部長は、俺に心酔どころか、ひそかに恋慕っていたというのだ。もちろん俺も部長も、男。部長本人は叶わぬ恋と割り切っていたらしいが、彼女は面白くなかったらしい。
そこへ、咲久良が入部した。咲久良を使える、と感じた彼女は咲久良に手紙を託し、利用した。俺はまんまと騙されたわけだ。
よくもまあ、ここまで考えたもの。それこそ、小説にでも仕立てたら、きっとおもしろいネタになるだろう。現実とは奇なり。
「ほんとうにごめんなさい、先生」
部長の彼女は、身体を半分に折り曲げるようにしながら誤った。部長も一緒に頭を下げてくれた。
「こいつの気持ちをくみ取れなかったぼくも、同罪です。咲久良さん、きみの洞察力はすごい。きみのような人になら、土方先生を任せられるのに。先生、咲久良さんと結婚してくださいよ。普段から、とても仲がいいじゃないですか」
なぜか、俄然咲久良押しになった部長に、俺は辟易した。
「ありがとうございます、部長。ほんとうは私たち、すでに深いお付き合いをしているんです」
「おい、嘘はやめろ?」
「照れちゃって、やだあ。でも、内緒にしていてくださいね。教師と生徒ですから。土方先生のことは、私が必ず大切にしますので……とまあ、これはほんの冗談ですけど、クラス担任である今年度いっぱいまでは、せいぜいお世話します」
「頼もしいな、咲久良さんは」
それを聞いた部長は満足そうに頷き、帰った。
文芸創作部、しばらく休部となりそうだ。せっかくの、競作課題も中止。文化祭への参加もないだろう。来年は、忙しい運動部の顧問にさせられるかもしれない。
「残念でした。『恋』がお題の競作、楽しみにしていたのに」
「ほかの部員は、書かなくて済んで、ほっとしているだろうな。とりあえずの気持ちで所属している部員が多いんだ」
「ところで、ママに返してもらった、先生の原稿! 読ませてください」
「あれは、もう処分した。今ごろは焼却炉で灰」
「そんな!」
「お前、読んだんだろうが」
「ほんの冒頭だけです」
「いったい、どこで手に入れて読んだんだ」
「母が、たまに気分転換のためにリビングで執筆することがあるんです。そのときは、パソコンと先生の原稿を持って来ていたんです。その、母が席を外したときに、ちょっとだけ読んでしまいました。だって、土方歳三の書いた小説ですよ。気になりますよ。ことばの選びかたというか、感覚がいいなって思っただけで、熟読はしていません。時間もなかったし」
当時、咲久良は中学生だったという。感覚がいい、と批評されるとは。
「俺のは、もう古い。次は、お前が書けばいい」
「私が?」
驚いた顔をした咲久良だったが、やがて耳まで赤く染めた。
「書きたいんだろ。親の七光りとは無関係な場所で」
「はい……!」
「『恋』がお題じゃなくてもいい。なにか書いたら、持ってこい。添削してやるが、まずは受験だ」
目の前の女生徒は、いい笑顔でうなずいた。
これなら、もう俺がいなくてもだいじょうぶそうだ。
「先生、お世話になりました。しつこくつきまとったこと、謝ります。ごめんなさい。もう、しません」
お別れの挨拶みたいになっているが、これでよかったのだ。咲久良は本来進むべき道を歩きはじめた。まばゆいまでの光にあふれた、明るい道を。
「志望校選びだけ、相談に乗ってくださいね。留学も考えています」
「いいんじゃないか。親の監視から離れられて」
「金髪の彼氏ができたら、先生にも紹介してあげますね」
「望みは大きく持て。その日が来るのを、楽しみにしている」
表面上は一生徒の自立を喜びつつも、作り笑いで手を振るのがやっとだった。
記録された映像を確認してみると、明らかに罠だった。
俺が進路指導室に足を踏み入れた直後に彼女の悲鳴、あわてて部屋を出る俺、その後駆けつける教職員の姿が鮮明に映っている。この流れでは、さすがの俺だって女にはなにもできない。
あっぱれ、物的証拠。咲久良のミラクルな助言で、俺の人生は助かった。
部長の彼女は、今回の騒動について嫉妬ゆえ行ったのだと白状した。
部長は、俺に心酔どころか、ひそかに恋慕っていたというのだ。もちろん俺も部長も、男。部長本人は叶わぬ恋と割り切っていたらしいが、彼女は面白くなかったらしい。
そこへ、咲久良が入部した。咲久良を使える、と感じた彼女は咲久良に手紙を託し、利用した。俺はまんまと騙されたわけだ。
よくもまあ、ここまで考えたもの。それこそ、小説にでも仕立てたら、きっとおもしろいネタになるだろう。現実とは奇なり。
「ほんとうにごめんなさい、先生」
部長の彼女は、身体を半分に折り曲げるようにしながら誤った。部長も一緒に頭を下げてくれた。
「こいつの気持ちをくみ取れなかったぼくも、同罪です。咲久良さん、きみの洞察力はすごい。きみのような人になら、土方先生を任せられるのに。先生、咲久良さんと結婚してくださいよ。普段から、とても仲がいいじゃないですか」
なぜか、俄然咲久良押しになった部長に、俺は辟易した。
「ありがとうございます、部長。ほんとうは私たち、すでに深いお付き合いをしているんです」
「おい、嘘はやめろ?」
「照れちゃって、やだあ。でも、内緒にしていてくださいね。教師と生徒ですから。土方先生のことは、私が必ず大切にしますので……とまあ、これはほんの冗談ですけど、クラス担任である今年度いっぱいまでは、せいぜいお世話します」
「頼もしいな、咲久良さんは」
それを聞いた部長は満足そうに頷き、帰った。
文芸創作部、しばらく休部となりそうだ。せっかくの、競作課題も中止。文化祭への参加もないだろう。来年は、忙しい運動部の顧問にさせられるかもしれない。
「残念でした。『恋』がお題の競作、楽しみにしていたのに」
「ほかの部員は、書かなくて済んで、ほっとしているだろうな。とりあえずの気持ちで所属している部員が多いんだ」
「ところで、ママに返してもらった、先生の原稿! 読ませてください」
「あれは、もう処分した。今ごろは焼却炉で灰」
「そんな!」
「お前、読んだんだろうが」
「ほんの冒頭だけです」
「いったい、どこで手に入れて読んだんだ」
「母が、たまに気分転換のためにリビングで執筆することがあるんです。そのときは、パソコンと先生の原稿を持って来ていたんです。その、母が席を外したときに、ちょっとだけ読んでしまいました。だって、土方歳三の書いた小説ですよ。気になりますよ。ことばの選びかたというか、感覚がいいなって思っただけで、熟読はしていません。時間もなかったし」
当時、咲久良は中学生だったという。感覚がいい、と批評されるとは。
「俺のは、もう古い。次は、お前が書けばいい」
「私が?」
驚いた顔をした咲久良だったが、やがて耳まで赤く染めた。
「書きたいんだろ。親の七光りとは無関係な場所で」
「はい……!」
「『恋』がお題じゃなくてもいい。なにか書いたら、持ってこい。添削してやるが、まずは受験だ」
目の前の女生徒は、いい笑顔でうなずいた。
これなら、もう俺がいなくてもだいじょうぶそうだ。
「先生、お世話になりました。しつこくつきまとったこと、謝ります。ごめんなさい。もう、しません」
お別れの挨拶みたいになっているが、これでよかったのだ。咲久良は本来進むべき道を歩きはじめた。まばゆいまでの光にあふれた、明るい道を。
「志望校選びだけ、相談に乗ってくださいね。留学も考えています」
「いいんじゃないか。親の監視から離れられて」
「金髪の彼氏ができたら、先生にも紹介してあげますね」
「望みは大きく持て。その日が来るのを、楽しみにしている」
表面上は一生徒の自立を喜びつつも、作り笑いで手を振るのがやっとだった。