「そうか、今日はひな祭りか」
なにか思い当たったのか、どこか遠い目をして菊池さんが言った。
すでに商店街は大勢のひとで賑わっており、僕が菊池さんを連れてお店を巡っても、さほど注目を浴びることはない。
物珍しそうに、未来のお店を眺めている。
「店先に雛人形が飾ってありますよね?」
「うん、僕の頃からやってたな。うちも必ず飾ってた」
「そんな前からやってたんですね」
「でもお祭りは忙しくて、それどころじゃなかったな。祭りの写真を撮らないといけなかったし」
商店街の広報に載せたりする写真を、菊池さんが撮っていた。
結婚式、七五三、入学式に卒業式、節目節目を写真に残していた時代。菊池写真館は、家族の歴史を形に残していたんだ。
「結構、店が変わってるな」
アーケードを歩きながら、菊池さんがぼそりと呟く。
寂しげで、でも楽しげで。
20年も経つと、商店街も様変わりしているだろう。
お店を閉めたのは、自分だけじゃないとどこか心強く思ったかもしれない。
でも__菊池写真館は、菊池さんが思い悩んでいる時代から20年も続いた。
苦しくて、生活もままならないのに続いたんだ。
それって、僕が原因なのかもしれない。
だから今日なんだ。
過去に行きたかった菊池さんが、未来のこの日にやってきた。