「僕は、過去に行きたかったんだけどなぁ」
困ったように、顎を撫でている。
晩年の菊池さんは、びっしり整えられた口髭がトレードマークだったけれど、やっぱりよく似ている。
本人なんだから当たり前か。
「僕が写真館を継いだのは、40才で。本当は普通のサラリーマンだったのが親父が病気になって、あれよあれよという間にカメラ持たされて」
そこまで言うと、菊池さんはタピオカを吸った。
はじめ飲み方がわからず、一気に吸い込んだ時にはタピオカが喉奥に突進してむせ返っていたが、今はゆっくりとひと粒ずつ吸っては噛んで味わっている。
「写真の知識なんて何もないのに。しかも親父から教わる前に、親父が先に病気で死んじゃって。もう、どうしようかと思って」
それでも奥さんと二人三脚で、なんとか写真館を切り盛りしていたらしい。
そのことを僕は、商店街の路地裏で聞いていた。
今日はお祭りだ。
人通りが多いため、あまり菊池さんは目立たないほうがいい。
僕も実行委員としての仕事があるけれど、過去から来た菊池さんを、放っておくわけにはいかない。
なぜなら、菊池さんは心が萎えてしまっているからだ。