「やっぱりうちはいいわねぇ」

しみじみと漏らしたやえさんは、久しぶりの我が家に目を細める。


けれど次の瞬間、その目が大きく見開かれた。



大将が、子犬を抱いて現れたからだ。

「なに、その犬?」

「うちの前に捨ててあって。お前、昔っから犬、好きだろ?」

「好きだけど__」


やえさんは、露骨に顔をしかめている。初めこそ子供のように顔を輝かせていた大将も、次第にその表情が曇っていく。

「毛、抜けるでしょ?お団子に入っちゃうじゃない」

「そ、そうか?これ芝だし、毛も短いし」

「犬の毛は飛ぶの。今は抜ける時期じゃないだけで、そこら中が毛だらけになるのよ。ほら、今だってあなたに毛がついてる」

「は、払えばいいんじゃないか?」

「そういう問題じゃなくて、不衛生よ」


今、病院から帰ってきたばかりとは思えない、はっきりとした口調で、やえさんは断固として拒絶する。

「お前、犬が好きだって。だから、退院祝いに」


大将が消え入りそうな声でそう言うと、やえさんがはっとする。


初めてやえさんの表情が崩れた。

そしてそれを見逃さず、攻め入る大将。

「名前、お前が決めたらどうだ?こいつ、オスだよ」


ほれ、と前に突き出される芝犬は、やえさんに向かって『わんっ!』とひと鳴きした。



やえさんが項垂れる。

勝負が決まった瞬間だった。