「あっ、こら!」
慌てて立ち上がると、少し先でコロは立ち止まった。
僕を振り返っているけど、その間も口が動いている。
口から飛び出ているのは死んだような目をしたたい焼きで、尾っぽをもう半分、食べきっていた。
やばい。
「返せって!」
追いかけようとすると、コロは走り出す。しかし再び振り返って僕を見る。まるで、間抜けな人間と遊んでやっている風だ。
立派な成犬なので、駆けっこになれば勝てない。
たい焼きをくわえたまま一定の距離を保つコロに、じりじりと近寄る。
「全部食べたら、大変なことになるぞ!」
大きな声を出して人としての威厳を示すと、コロは口元を震わせて唸り出した。
思わず逃げ出したくなる、野生の本能だ。
噛まれたら終わり。
もし今、コロが咥えているたい焼きを全部食べたら、大丸商店街は平穏を取り戻すだろう。
だってコロは、居なくなってしまうのだから。
源さんたちには申し訳ないが、夜に怖くて1人でアーケードを歩けないという声も耳にする。かといって、何をどうしても捕まえることができない。
餌を与えようとすると、コロは敵意が剥き出しになる。
だからこのまま、居なくなれば__?
ふとそんな思いが過ぎったが、すぐにこんな声も聞こえた。
『てめぇ、随分と薄情じゃねーか!』