「はい、たい焼き」
見れば誰でも分かることを平然と言い放つ、笑顔の原田。
「えっ、幾つ買ったの?」
「買えるだけ下さいって、お金を渡したんだ」
「まさか、全部?」
「うん、由梨ちゃんもいっぱい食べるでしょ?」
紙袋の中からひとつ引っ掴んで、あたしに差し出してくる。
ここで帰れなくなったと、原田をこてんぱんに怒ることもできたけれど__そのふわふわしたたい焼きは、とても美味しそうで。
あたしはつい、手を伸ばした。
「たい焼き食べて元気だしてよ。離婚なんて珍しくないんだから」
手が、止まった。
よくよく考えれば、母さんと原田の母さんは仲がいい。離婚のことを知っていても不思議じゃない。原田が前にも増して、あたしの側を離れないのも、そういうわけか。
原田は優しい。そしてそれは、致命傷だ。
「あんたのせいよ!」
あたしは、たい焼きを叩き落とした。
「あんたのせいで、もう帰れないんだからね!」
思い切り突き飛ばすと、紙袋そのものが地面に落ちて、たい焼きが散らばる。
原田のくせに、あたしを気遣うなんて。原田のくせに、あたしを哀れむなんて。原田のくせに、原田のくせに!
帰れない事実にようやく気づいた原田が、声を上げて泣き出しす。
物悲しい泣き声が、夜の漁港に響き渡る。
なぜか、あたしまで泣けてきた。
けれどあたしは、絶対に泣かなかった。
唇を噛み締めて、原田を責め続けたんだ__。