「お母さん、僕__そろそろ行かなきゃ」
それでも私は、直也をぎゅっと強く抱き締めて離さない。
駄々っ子は、私のほうだ。
直也の温もり、感触、匂いを心に焼きつける。絶対に、忘れないように__。
「お母さん、また会えるから」
「__また?」
「うん。お母さんが天国に来るとき、会えるよ」
あっ、それが『今』なのか。すっかり忘れていた。
「また、直也に会えるのね?会えるのよね?」
「でも、条件があるんだ」
「条件?」
「そう。それはね、これからお母さんが全うに生きなくちゃいけない」
『全う』と口にした時、直也は少し誇らしげだった。
「全うにね。分かった」と私が頷くと__。
「約束だよ?」
直也が小指を差し出す。
私も小指を絡ませて、2人で「指切りげんまん」の歌をうたった。
まさか、また直也と約束ができるなんて。
それを守るために、私は今から60年間、生きなくちゃいけない。
直也との約束を、守るために。
「じゃ、行くね?」
「__うん」
心は熱く満たされているのに、どうしても涙が止まらない。
60年後、また会えるのに、体がえぐれるくらい痛くなる。
「あっ、そうだ」
直也が振り返った。